及川和宏(2018年度選科/社会人)
モジュール7の3回目、今回は「技術と芸術を横断する ―メディアアートからバイオ・リサーチまで―」と題した、津田和俊先生(山口情報芸術センター・研究員)の講義でした。テクノロジーや科学と、アートなどの表現とを融合させた取り組みの特徴や魅力はどんなものか、興味深くお話を伺いました。
屋根が波の形をしていることが特徴の、横長のYCAM。空間は用途によって可変できるとのこと。
YCAM(山口情報芸術センター)とは
山口情報芸術センター、通称「YCAM(ワイカム)」は、山口県山口市にあるアートセンターです。波型の屋根が周囲の山並みに映える美しい建物の中は、シアター、スタジオのほか、併設される図書館や多目的スペースなどが横方向に並んだ造りとなっています。YCAMは2003年開館で2018年に15周年を迎えたとのこと。メディアアートやパフォーミング・アーツと呼ばれる芸術表現を軸にしながら、展覧会や公演、映画、ワークショップなどの多彩なイベントを開催し、近年ではさらにスポーツやバイオ・リサーチなど、多様な表現を模索しているそうです。
制作し、発信する
YCAMはものを展示、紹介するだけの場ではありません。デジタルファブリケーション設備や、後述するバイオラボなど、研究開発のために必要なスペースが備えられ、作品を制作して発信していく拠点でもあります。もちろん、"場"だけではなく"人"も重要です。YCAMでは20名以上もの常駐スタッフがチームを組んで研究開発を行い、外部のアーティストや地域と連携しながら活動を展開しているそうです。キュレーター、プロデューサー、エンジニア、デザイナー、エデュケーター等々、メンバーの専門性は様々。
山口の地で作品を制作して発表し、その作品が国内外に巡回される。大都市圏ではない地方在住者である私にとって、YCAMの活動は非常に刺激を受けるものでした。
講義中の様子。たくさんの映像と事例紹介をしてくださいました。
作品やイベントの紹介
講義では、そのような連携によって制作された作品が映像を交えて紹介されました。量子力学をテーマにした作品、樹木の電位データから生成される音楽、モーションキャプチャーによるダンサーの動きの可視化、ヘッドマウントディスプレイで他人の視界も共有しながら鬼ごっこなど、分野は驚くほど多様です。「スポーツハッカソン」なるイベントでは、YCAMが開発したデバイスも活用しながら2日間で新しいスポーツを作りあげ、3日目に「未来の山口の運動会」として開催します。新競技ばかりの運動会、参加してみたいです。
「コロガル公園」シリーズは、身体的な体験を通じて子どもたちがメディアテクノロジーに触れるプログラムとして開発されました。うねるような起伏の床面をしつらえた室内に、映像や照明、音響、ネットワークなどのメディアテクノロジーを利用した仕掛けが埋め込まれた、子ども向けの遊び場です。講義で紹介された映像では、「なにこれ!」と驚きの声をあげながらいきいきと遊びまわる子どもたちの姿が印象的でした。機会があれば私も自分の子どもと行きたい! と思いました。子ども以上に、はしゃぐ自信があります。
コロガル公園は約三ヵ月にわたり設置され、期間の途中には子どもたちがワークショップを行い、それをもとにコロガル公園がアップデートされます。テクノロジーに触れ、考える気持ちを育てる、優れた教育プログラムでもあると感じました。
テクノロジーと芸術の融合
これらの作品制作には、やはりスタッフの力が重要だと思われます。内部の研究開発チームである「YCAMインターラボ」が主導するYCAMの活動は、テクノロジーと芸術の融合による応用・実践にフォーカスしていることが特徴です。それは、専門の異なるメンバーが結集することで実現されています。また、YCAM内での開発キャンプ、海外アーティストの滞在制作、スタッフの海外研修などを通じ、社会変化に対応するよう情報のアップデートを常に行っているそうです。
専門性を融合させる体制と、継続的に学び続ける姿勢は、科学技術コミュニケーションを実践するうえでも必要なものに違いありません。
また、津田先生は、領域横断的な活動のアウトプットとして、プロトタイプを自由に作ることのできる”芸術”は有効だろう、と語ります。そこから実用に展開することも、芸術作品として昇華させることも可能となるのです。
もし、科学・技術の持っている魅力のうち、科学の方法論では伝わらないものがあるなら、芸術はそれを解決する有力な手段なのではないか。そして、その逆も。そんなことが、ふと頭に浮かびました。
パンと酵母を説明している津田先生
バイオ・リサーチという新しい試み
生物の設計図といわれるDNAの配列を読み取るDNAシーケンシング技術の進歩は著しく、近年のコスト低下に伴って個人が手を出せるほど一般化しつつあります。このような背景の中、YCAMは2015年頃からYCAMバイオ・リサーチという新たな取組を始めています。
館内にバイオ・テクノロジーを扱う機材・設備を備えたバイオラボを設置し、バイオ・テクノロジーに関するイベントを実施。例えば、「パンと酵母」という企画では、屋外の花などから野生酵母を採取して、選抜、培養、観察、実際にパンも焼く、という一連の実験プロトコルを”空間に開く”イメージで展示したそうです。
YCAMバイオ・リサーチの取り組みで私が驚いたのは、スタッフがオンライン講座で分子生物学を基礎から学んだという点です。単に外部の生物学者と連携するだけではなく、自ら知識・技術を習得するからこそ、新たな観点が提示できるということなのでしょう。講義の中でも、これまでメディアテクノロジーを扱ってきたYCAMは、バイオインフォマティクス(生命情報科学)の専門家とは異なった視点で生物について考えていけるのではないか、と津田先生は語っていました。
森のDNA図鑑のウェブページを見ながら話をしている津田先生
森のDNA図鑑
YCAMバイオ・リサーチが開催する「森のDNA図鑑」というプロジェクトでは、ワークショップでまず森の植物などを採取します。採取したサンプルからDNAを抽出し、ある領域のDNA配列を読み取ることで、植物種の同定(植物の種類を決定すること)が可能となります。実験手順はキット等を用いてわかりやすく組み立てられ、小学生でもDNA解析を体験できます。
実際に「森のDNA図鑑」のウェブサイトをみてみると、360°スクロールする森の画像の中で、いくつもの矢印が植物を指しています。矢印をクリックすると、植物の写真、DNA配列、植物名、顕微鏡写真、採取メモなどが確認できます。
仮にDNA配列情報が羅列されているだけなら、そこまで目新しさは感じないかもしれません。しかし、自然の風景のうえに生物情報が乗っかっている、という複層的なイメージが新鮮で、森のDNA図鑑は非常に魅力的なものに感じました。森に対する新しい視点、多面的な見方を提供してくれたからではないでしょうか。
講義を受講して
アートについて素人な私は、芸術表現というものは、才能が集まれば魔法のように勝手に生まれるものなのかな、とこれまで思っていました。しかし講義を受けて、YCAMの作品が、真摯で思慮深い研究開発の成果なのだと知らされました。それは、淡々としながらも熱意が伝わる津田先生の語り口からも感じられたものでした。
技術と芸術を横断するYCAMの研究開発の過程では、当然、科学技術コミュニケーションが存在するといえるでしょう。多様なバックグラウンドのチーム内、あるいは外部のアーティストや専門家と、そして地域の方々と。そうして生み出されたものが、実用や芸術などに発展し、科学技術を考える種を提供している。
2018年度のCoSTEPの講義が終盤に差し掛かった今、科学技術コミュニケーションをどう実現していくかだけではなく、科学技術コミュニケーションが何を生み出すかについても、考えていきたいと感じました。
津田先生、ありがとうございました。
いつか、YCAMを訪れたいです。