11月19日に開催された第84回サイエンス・カフェ札幌「数学のメガネで生物を見てみよう! ~数理モデルで解き明かす自然界の謎~」。今回は、北海道大学電子科学研究所附属社会創造数学研究センター助教の数学者、秋山正和さんをゲストにお迎えしました。みなさんは、「数学者がなぜ生物を?」と思うかもしれません。カフェが進むに連れて、その疑問は晴れていったのでした。
「さて、この中で人間の赤ちゃんはどれでしょう?」というクイズから始まったサイエンスカフェ。様々な動物は、発生の過程をさかのぼればさかのぼるほど似たような形になっていき、最後には一つの丸い卵細胞にたどり着きます。逆に言えば、最初は似たような丸い形の卵細胞が、どうして全く形の異なる様々な動物へと変わっていくのでしょうか?その「運命の分かれ道」はどこにあるのでしょうか?
秋山さんはまず、動物の発生の中でも比較的単純な、ウニの受精卵の細胞分裂(=卵割)のメカニズムに注目します。そして、その卵割を再現する「数理モデル」を組み立てようとします。色々と数式を工夫すると、ウニの卵割を再現する数理モデルをつくることができました。
驚くのはこれからです。数式の一部の数字(=パラメーター)を少し変えると、なんとヒトデやナマコの卵割を再現することもできたのでした。これは、ウニとヒトデ、ナマコが進化論的にも近い動物であることと対応しています。
(注:トークの中で「ヒトデからウニを作ることができる可能性」への言及がありましたが、もちろんこれはあくまで「数理モデル」の特性を説明するための、限定された条件における一つのシミュレーション結果とそれに基づく仮想的な可能性の紹介であって、決して「実際にヒトデからウニを作ることができる」「作るべきだ」と主張しているわけではありません。実際には実現可能性のみならず、生命倫理やリスクの問題、社会的合意の問題を避けて通ることができないのは言うまでもありません。)
これによってウニの卵割の数理モデルが、単に研究者に依って表面上実際のウニの卵割に合うようにつくられただけではなく、他の動物の卵割にも共通する「本質的な」メカニズムを表している可能性が強いことが明らかになりました。こうやって、生命現象の「本質」を探っていくことができるのが、数理モデルという道具の強みなのです。
そしてウニの他にも、ショウジョウバエの羽根の毛のパターンや、粘菌の体の中で役割を縦横無尽に入れ替える「原形質」の不思議な性質や、自分が置かれた空間の形を「記憶」して動きまわるゾウリムシの秘密など、様々な動物の不思議な形や動きが数理モデルによって再現され、私たちにそのメカニズムをひもとく手がかりを与えてくれることがわかってきました。
そして、現在秋山さんが取り組んでいる難問、それは、カブトムシの角はどうやって作られるのか、というものです。「出来上がりの形」を確かめてみることもできないにもかかわらず、カブトムシのサナギはまるでそれを知っているかのように、「出来上がりの形」が巧みに折りたたまれた状態を作り出します。そしてサナギが成体に変わる時、「折りたたまれた」角は見事にその複雑な「出来上がりの形」へと変化するのです。このメカニズムを明らかにすることが研究目標です。地球上の動物の種類の圧倒的多数を占める昆虫。カブトムシの角が形作られるメカニズムを数理モデルによって解明することができれば、地球上の様々な動物の「出来上がりの形」が作られるメカニズムを知る大きな一歩になることでしょう。
世の中のさまざまな現象の「余分なもの」をそぎ落として「本質」に迫ることのできるのが数理モデルの魅力です。今回のカフェでは、その魅力をたっぷりとお話していただきました。カフェの参加者のみなさんには、「こんな数理モデルがあったらいいのに」というアイディアを多数出していただきました。その中にはすでに数理モデルが存在するもの、現在研究中のものもあれば、まったく手がつけられていない斬新なものもありました。まだまだ、研究のネタは尽きません。
秋山さんと、「五年後に、カブトムシの角の研究の成果が出るころにもう一度サイエンスカフェをやって<凱旋報告>をしましょう」とお話しました。その時が楽しみですね!