樋口 栄子(2019年度本科/社会人)
今回は加納 圭 先生による「科学コミュニケーションの3要素〜その背景と活動事例〜」の講義でした。加納先生は科学教育の中でも特に学校以外の場面(テレビやワークショップなど)で科学教育やサイエンスコミュニケーションをどう実践するかを研究されています。
科学技術コミュニケーションの3要素とは
日本での科学技術コミュニケーションは、下記①から③へ時代とともに変化をしてきた歴史があります。
① 専門家が科学を伝える
② 専門家が社会を学ぶ
③ 専門家が社会と協働する
③の考え方は、2011年の東日本大震災が大きく影響しているそうです。「コミュニケーション」というと、どうしても「伝える」と言う要素が強くなってしまいます。Communicate “to” ではなく、“Communicate for”でわかりやすく伝えることが重要です。これは、デザインでいうところの「ユニバーサルデザイン」の考え方に近いそうです。そこからさらに進んだ考え方が“Engage with”になります。これは、一緒に双方向でコミュニケーションをしましょうというもので、デザインでいうところの「インクルーシブデザイン」に近いです。
「1. 専門家が科学を伝える」について
1993年科学技術白書(文部科学省)で若者の科学離れを調査したデータによれば、小中高校生において科学への関心は学年が上がると徐々に薄れいく傾向にあると言います。「科学に興味を持たせる活動が重要」と言う声を受け、加納先生は「ヒトゲノムマップ」という一部の遺伝子を解説するマップを作成しました。その「ヒトゲノムマップ」は、平成19年までに約14万枚が配布されたそうです。でも、この活動だと科学の分野の数だけ伝えていくことが発生します。知識は本などでも得ることができますし、それだけでは解決になりません。
科学的知識は、「Knowledge “of” science」 と 「Knowledge “about” science」 と2種類で成り立っていると加納先生は言います。そして、後者の「Knowledge about」の提供ができないかと考えているそうです。“about”が使われているのは、科学“の”知識ではなく、科学“について”の知識を一般市民が身につけることを意味するからです。
例えば、こんなワークショップを行いました。加納先生が以前に行った高校生向けの「幹細胞研究教室」では、当時所属していた研究室で行っていた研究テーマと同じものを高校生にぶつけてみます。最後に高校生たちから「答えが知りたい」と言われても、「研究者も答えを知らない」というのがオチです。
その後、この考え方(答えを教えない)をベースにしたNHK Eテレの理科教育番組「考えるカラス」ができました。番組から学べるのは、科学の知識ではなく、自ら観察して仮説を立て、実験して考えるという科学的な考え方です。
加納先生は、これまでに子供向けのワークショップをたくさん行いました。そこで気づいたことは、そもそもサイエンスカフェに来る子供たちは科学技術に関心のある層だったという点でした。これは大人にも同じ傾向があるようです。では、関心のない層にどうやって届けるか。それは、自分がその場に出向いていくことが必要だと言います。
「2.専門家が社会を学ぶ」および「3.専門家が社会と協働する」の活動実例について
科学者にインタビューを行うと、カフェに参加したいと思わない理由の一つに「対話が成立するかどうか不安」という背景があるそうです。「対話」とは、「会話」や「議論」、「ディベート」とも異なります。学校教育等でも流行っている「ディベート」は、他者の心情に同意賛同させるために情報を共有するものであって、「対話」でお互いにアイデアや情報などを共有して学び合うこととは異なります。「対話」では異なる見方が同時に成立する可能性もあります。そして、本で得た知識が経験より重要だとも言い切れまません。
対話に必要な3要素は、① 的確な説明、②対等な参加、③立場ごとの学び合い だそうです。この「対話」の技術を、科学者側が学ぶ必要があるでしょう。一般市民と科学者が対話をする場が増えてきた昨今、科学者へのコミュニケーショントレーニングが必要なのだと教えてくださいました。