実践+発信

選科A活動報告「宇宙を旅する超高エネルギー ニュートリノ見えない素粒子を数字で感じよう!〜」

2021.9.24

選科A Messenger 6PeV(メッセンジャー6ペブ)
高橋恵、中田一紀、難波楓、久野志乃、前川茉莉 feat. 種村剛

(作成:久野志乃)

イベントの目的・達成目標

私たちはサイエンスの「面白さ」を伝えたいと考えています。メンバーで、サイエンスの面白さについて、ディスカッションした結果「わからないことがわかった」瞬間に面白さを感じていることが分かってきました。そこで私たちは、今回のイベントでは参加者に「わからないことがわかった」「知らないことを知れた」という「サイエンスする事の面白さや考え方」の体験を与えることを大きな目的としました。
今回の全体テーマ「エネルギー」に対して、私たちの班はニュートリノを題材としてイベントを作成しました。ニュートリノは、人間の手のひらを1秒間に10兆個通過しているほど身近な存在であり、見えていないのにとても大きなエネルギーを持っているのです。見えていないものの身近さを伝えるにはどうしたらいいのだろう、どうしたら面白いと感じてもらえるのだろう…と試行錯誤しました。そこで私たちは、目で見て分かる「数字」にニュートリノのスケール感を置き換えて、普段身近に感じないニュートリノを少しでも身近に感じてもらえることを達成目標にしました。

イベントの内容

〈オープニング〉

イベントの前半は、「ある物質」が生まれてから地球に到着するまでの旅をその物質目線の映像で体感してもらいました。もちろんある物質とはニュートリノのことですが、イベント視聴者には伏せて自分がいったいどんな物質の旅を体験しているのか頭の中で想像しながら見てもらいたいと考えました。

〈地球〉

光速で進んでいても何十億年もかかってしまうので早回しで旅を送り、私たちが生まれた地球がやっと到着しました。しかし、私たちと一緒に旅してきたある物質は北極に到着しても降り立つことはなく、氷を抜け、海底を潜り、マントルを通過していきます。ある物質の性質を感じてもらいながら、自分が今いったい何者の旅を送っているのか考えてもらいました。

〈はじめまして、ニュートリノです。〉

なにもかも通り抜けてきたある物質はやっと何かにぶつかりました。そこは南極にある実験施設の中、「アイスキューブ」という実験装置でした。ここでやっとある物質の正体がニュートリノであると明らかになりました。そしてこのアイスキューブを用いたニュートリノ研究の紹介がある後半パートに繋がります。「宇宙を旅する」ことを動画らしく表現することで、参加者の興味を引きつけることを意図しました。

(以上担当:前川)

〈ニュートリノの紹介〉

ニュートリノは目に見えない不思議な素粒子です。他の物質と相互作用することがめったにないので、全てのものを素通りしていきます。
イベントでは、参加者の皆さんにニュートリノを身近に感じてもらうため、ご自分の手を見つめてもらい、1秒間にその手を素通りする約10万兆個のニュートリノを「体感」してもらいました。手のイラストには10万兆の数字を重ね、ニュートリノの多さを感じてもら得るようにしました。

〈南極点でニュートリノを捉える アイスキューブ実験〉

そんな幽霊のようなニュートリノですが、とてつもなく大きなエネルギーをもって地球に飛来してくるものもあります。そんな高エネルギーニュートリノを捉えて研究をしている南極点で行われている国際共同ニュートリノ観測実験「アイスキューブ」を紹介しました。日本からも千葉大学のチームがこの実験に参加しています。

〈目に見えず素通りしてしまうニュートリノをどうやって捕まえるのでしょうか?〉

アイスキューブ実験では、南極点の氷河の下に5160個もの光検出器を埋設し、氷河の中をニュートリノが通り、氷と衝突した時に発生する荷電粒子が発する「チェレンコフ光」をこれらの検出器で検出し、そのデータを使って、ニュートリノが来た方向や、そのエネルギーの高さなどを探ります。スライドでは、南極点の写真や検出器のイメージを使い、ニュートリノを捕まえる仕組みや実験の様子を紹介しました。

〈6PeVの超高エネルギーを持つニュートリノ事象「アジサイ」〉

アイスキューブは、これまでたくさんのニュートリノを検出して来ましたが、いままでの中で一番大きなエネルギーを持つニュートリノは、6PeV(ペブ)ものエネルギーを持つ「Hydrangea (アジサイ)」と名づけられたニュートリノです。 スライドでは、大きいサイズや印象的な色を付けた「数字」を表示し、エネルギーの大きさを強調しました。

〈6PeVってどのくらい?大谷選手を素粒子分解〉

素粒子ニュートリノが持つエネルギーがどのくらいなのか?現在メジャーリーグで活躍する大谷翔平選手が北海道の日本ハムファイターズ時代に出した日本人最速投球記録、時速165㌔の投球が持つエネルギーと比べました。しかし、身長193cmの大谷選手と素粒子1粒を比べるのは不公平なので、大谷選手を素粒子レベルまで分解し、素粒子がどれだけ小さいか、そして私たちの体も素粒子の塊ということを図解しました。

〈ニュートリノはどこから来たの? 40億光年の彼方から飛んできたニュートリノ事象「IC170922A」〉

そんな大きなエネルギーを持つニュートリノは、宇宙のどこで作られて地球まで届いたのかは、あまり良くわかっていません。しかし、1つだけその放射源が特定されたニュートリノの事象、アイスキューブが2017年に検出した「IC170922A」と呼ばれるニュートリノ事象を紹介しました。

アイスキューブがこのニュートリノを検出した際に、その到来方向を素早くデータ化し、世界中にある天文観測施設に情報を届けました。そのデータを元に、多くの観測機関が追尾観測をした結果、オリオン座の左わき下に位置するブレーザー天体がニュートリノとガンマ線を放射していることを確認しました。史上初の同定でした。その距離は地球までおよそ40億光年。

40億年前の地球といえば、地球が生まれてちょうど海が作られた頃です。

そんな大昔に放射されたニュートリノが宇宙のあらゆる物質や磁場を超え、光の速さでまっすぐ地球に飛んできたこと知った時に私たちが感じた「驚き」を参加者の方と「共感」できたらと思い、最後にこのニュートリノ事象の紹介を入れました。

画像提供 ICEHAP/IceCube Collaboration

(以上担当:高橋)

メンバーの役割

高橋:コンテンツディレクター/スライド制作(後半)/後半のナレーション/質疑応答
久野:ポスター制作/スライド制作(後半)/素材作画/後半のナレーション/進行
難波:スライド制作(冒頭の説明・宇宙・月との往復・数字のイメージ)/スライド操作/アンケート作成
前川:スライド制作(数字・地球7周半のイメージ)/本編のナレーション
中田:スライド制作(冒頭の説明・地球内部からIceCube)/冒頭のナレーション

企画立案は高橋を中心としてディスカッションを進めました。プレゼンテーションのスタイルは、教員からのアドバイスを受けつつ、オンラインならではのナレーションを主体とする方向とし、ニュートリノのスケール感やインパクトを表すためのスライドや素材作成をそれぞれ分担して進めました。アンケート作成は難波、ポスター制作は久野が主担当でした。発表当日はナレーションやスライド操作をそれぞれ分担し、質疑応答は高橋、スライド操作は難波、オープニングとエンディングのナレーションを前川、冒頭のナレーションを中田が担当しました。

アンケート結果

サイエンスイベントの参加者はCoSTEPの受講者がメインということもあり、それを反映した参加者層となりました。

サイエンスイベントに参加する回数は、初めてあるいは2回目という初心者層と、それとは対照的に4回以上と慣れた層に大別できる結果になりました。

「ニュートリノをどの程度知っていましたか」という質問に対しては、ニュートリノという名は知っているという層とニュートリノに対する知識をある程度持っている層と半々くらいという結果になりました。

「このイベントに参加して、ニュートリノに対する関心が変化しましたか」という質問に対しては、3の質問で「まったく知らなかった」と回答した参加者はこの質問では2~4の回答を選んでおり、3の質問で「ニュートリノに対する知識をある程度持っている」と回答した層は3~5と比較的高い関心の変化を示していました。この結果から、ニュートリノに対する事前知識がなくてもイベントに入っていける導入を工夫する必要性が示唆されています。

この質問に対しては、概ね高評価となっており、ニュートリノを知らなかった参加者にもすでに知っている参加者にも楽しんでいただけたことが伺えます。一方、低評価だった参加者は、ニュートリノに対して事前知識がない層が多いという傾向がありました。

この質問に対しては全体的には高評価となっており、数字のインパクトでニュートリノのスケール感を伝えたいというプレゼンテーションの意図は概ね成功したと言える結果になりました。一方、参加者の約1/6となる参加者からはこの質問に限らず厳しい評価を受けることとなりました。ニュートリノとエネルギーという題材自体の難しさもあったかも知れません。

「9.このイベントで面白かったのはどこですか?」という自由回答に対しては、映像的手法とともに、ニュートリノのスケールやエネルギーの大きさのイメージを身近なものに喩えた表現を工夫した点に関して高評価がありました。一方で、参加者48名に対して回答数は38名となっており、全体の2割近い参加者からコメントがなく、関心を惹けなかったことも示唆される結果となっています。
コメントのなかには
「質疑応答で、すぐにお返事が来るところ。映像がきれいなところ。」
「考えてみてください、という時間があったところ。」
と、インタラクティブなイベント形式に対する評価もあり、オンデマンドの映像配信ではないプレゼンテーションスタイルの良さを伝えられた手応えもあります。

この質問に対しては、概ね高評価でした。未回答は1名のみとなっており、これまでの質問で厳しい評価だった参加者からも3以上の評価と不思議な傾向になっています。
その一方で、5の評価は全体の1割強となっており、なにかがたりないのか、まったく満足したという結果にはなっていません。その理由の幾つかは、次の質問の回答のなかにヒントがありそうです。

「満足度の理由を記述してください」という自由回答に対しては、ポジティブなコメントもあればネガティブなコメントもあるという結果になりました。参加者48名に対して回答者数は33名となっており、全体のおよそ1/3からは反応がありませんでした。
映像表現の美しさは高評価であり満足度に繋がっています。内容については「難しい」という評価と「易しくまとめられている」という対照的なコメントがあり、伝えたい内容やそのレベルをどのように設定するか難しさが現れていると言えます。これについては、次の質問でも具体的に訊いており、イベントの満足度と難易度には正の相関があることが示唆される結果になっています。

「このイベント全体を通した難易度を教えてください」という質問に対する回答は概ね正規分布に近いものの、「易しかった」あるいは「どちらかというと易しかった」という集計になりました。全体の8割以上は標準よりも易しいと回答しており、極端に難しいという難易度設定ではなく、科学技術に対する関心の高い層には十分に伝わるレベルだったと言えます。しかし全体の1割からはどちらかというと難しいという評価を受けており、その層まで広く対象とした難易度設定にすべきだったか、ある程度は仕方ないとするのか、この点については今後も省察していく必要があります。

「難易度の理由を教えてください」という質問に対する回答から、難易度の設定や表現方法に対する重要な示唆が見受けられます。
「例え」に対するコメントから、チームで当初から意図したアプローチについて良い点と良くなかった点がそれぞれあることが分かりとても参考になります。内容の「情報量」に対しては、本イベントに関しては過多だったかも知れず、そのことが伺えるコメントを受けています。ニュートリノという専門的な内容を分かり易く伝えようとする試みは一定の評価を受けており概ね成功と言えそうです。

「このイベント全体を通した意見や質問を記述してください」という質問に対する回答から一定の手応えと今後の改善点に関する示唆が得られます。コメントにニュートリノに関する質問があるということは関心を持って貰えたという点で1つの成功と言えそうです。演習で試みたサイエンスコミュニケーションのアプローチそのものもニュートリノに限らずに別のテーマでも有効という示唆もありました。

本演習ではサイエンスコミュニケーションの実践として、オンラインならではの新しい実験的なアプローチを試みてみようという方向性があったと思います。実施したラジオ的な要素やナレーション、視覚的な効果を駆使したデジタルコンテンツ、アート的な要素を活かした表現手法と試み自体はポジティブな評価に反映されています。その反面、分かり易く伝えるということと科学的な厳密さや誠実さとのバランスの難しさがアンケートの厳しい評価にも顕著になっているように見受けられます。

(以上担当:中田)

チラシ制作

日常の生活とはあまり関わりがない素粒子物理学がテーマであることから「イベント参加者をどうやってこの面白さに引き込むこと」がテーマ決定からイベント作成時まで一貫してメンバー全員が意識していた点であったと思います。
チラシ制作に悩んだ時は、一番最初にメンバーの高橋さんからニュートリノのお話を聞いた時の感覚を都度、思い返しました。ニュートリノの特性やエネルギーの大きさ、数、速さに対する率直な驚き、何億光年先からの宇宙のスケール感、青白い光を発する美しい現象への想像など。オンラインでのミーティングの中でも、私を含め他のメンバーも知らない世界に対する高揚感を持ってやりとりしている事が感じられ、その感じをイベント参加者の方達にも伝えられたら…と考えました。

◯身近でない事柄を感情を引き寄せてもらえるように、チラシには人物を配置しました。タイトルのフォントは、エネルギーの強さを推し出すか、現象の美しさを推し出すかで迷いましたが、後者を選択しました。
◯降り注ぐニュートリノを数字で表現することで、イベント本編の数字での解説との共通性を持たせました。
◯六角形は南極のアイスキューブの配置から着想し、キャッチコピーのデザインに使用しました。
◯三つのキャッチコピーのフォントとデザインについては、子供達やあまり興味を持っていない方達を意識して、タイトルとは違ったとっつきやすさ、分かりやすい言い回しなどを心掛けました。ここは、担当の朴先生ともタイトルとの統一感を取るか、ターゲットを広げることを取るかで相談をしましたが、結果的には後者を選択しました。

今回のチラシは、ミーティング時の高橋さんのお話やメンバー皆さんの対話をメモし、それを元にして、制作しました。皆が同じ熱量をもって、コミュニケーション出来たからこそ、沢山のイメージをもらい、制作することが出来たと思っています。

(以上担当:久野)

イベントを実施して学んだこと、発見したこと

以下の点が重要だと学びました。

①伝えたい事に優先順位をつける

ニュートリノは本当に面白い事象で、いくらでも伝えたい事がありました。ニュートリノの光速の移動速度、その小ささ、一瞬で飛来する数、何とも相互作用しない性質、持ち得る莫大なエネルギー、ようやく特定されたニュートリノ発信源……。20分の時間の中で、伝える事を取捨選択していくのは断腸の想いでした。私達が何を面白いと思っているのか、何を伝えたいのか。エネルギーというテーマで伝えるには。議論を重ねて、最も伝えたいエネルギーの大きさに焦点を当てるようにし、それ以外の事も紹介する事にしました。しかしアンケートから、取捨選択していく中で、重要な説明を減らしてしまったかもしれない点、これでも情報が過多かもしれない点は課題として残りました。

②伝え方の工夫

私達はオンラインだからこそ、数字のスケールと比較のシンプルなスライドと音声だけで進行する事にしました。また、宇宙旅行という形式も取り入れ、映像とのコラボを実現しました。これらによるイベントへの没入感と伝えたい事に強いインパクトを与える事を目指し、アンケートを見てもおおむね達成できたのではないかと思います。
しかし双方向性には課題が残りました。質疑応答の時間とれたことは自体は良かったと思いますが、双方向性の実現についてはさらに工夫することができそうです。

③熱意

私達の選んだ「ニュートリノ」はとても面白いテーマです。でもあまり知られてない。だから全員がニュートリノについて参加者に知ってもらおうと必死でした。集中演習では、それぞれの分担を決めた後、次に全員が集まった時に、それぞれが工夫を凝らしたものを持ってきて、それを皆で褒める事をずっとやってました。こうしたらいいんじゃない?って軽く言ったことが、次のターンで他のメンバーが実現させていることばかりで、この活動にかける全員の熱意を感じていました。「伝えたい」「もっといいものを作りたい」という全員の強い想いがないと、ここまでのものは作れなかったと思います。自分たちでも4日で作ったとはとても思えません。本当にメンバーの熱意が大事だと、強く感じさせられました。

(以上担当:難波)

参考文献
千葉大学ハドロン宇宙国際研究センター(ICEHAP), http://www.icehap.chiba-u.jp/

本記事は、2021年8月29日(日)に実施した2021年 選科Aオンラインサイエンスイベント「energy」の報告記事の1つです。CoSTEPの選科Aコースでは、全国各地の選科A受講生が札幌に集まり、対面でのサイエンスイベントをいちから作り上げる4日間の集中演習を行っています。今年度は、新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、企画から実施まですべてオンラインでの開催となりました。20人の受講生が4グループに分かれ、計4つのイベントが行われました。以下のリンクより、他の活動報告もぜひご覧ください。

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