阿部悠(2021年度 本科/学生)
昨年5月、私たち17期受講生のCoSTEPでの歩みは、美馬のゆり先生(公立はこだて未来大学)による講演とワークショップから始まりました。最後の講義となる今回は、CoSTEPの先生方による一年間の学びの振り返りです。これまで、講義で学んできた内容と本科の実習や選科の集中演習で私たちが取り組んできた実践とを紐づける形で、モジュールごとに先生方からお話がありました。
“振り返る”とは
奥本先生は、講義や実習で得た内的な体験や記憶、語りえない知識(暗黙知)を、説明・表現できる知識(形式知)に変換することが、振り返ることの意義だといいます。このように経験を形式知として言語化することで、記憶や他者への伝達、さらに他の場面での応用が可能になるからです。この1年間の学びを、CoSTEPの次の扉を切り開いた先にある自分の場所でも使えるものにするためには、振り返りが欠かせません。
モジュール1:科学技術コミュニケーションとは何か?
科学技術コミュニケーションの定義や意義について、社会学やジャーナリズム、哲学などのバックグラウンドを持つ5名の先生方に学んだモジュールでした。各講義の内容の間には、共通点も相違点もありましたが、これは人によって科学技術コミュニケーションの力点が違うことによります。「科学技術コミュニケーションを行う者は、その定義を自分自身の言葉で紡ぎ、リアリティを持って語れるようになるべきである」と、川本先生はいいます。受講生である私たちにもそれぞれのバックグラウンドがあり、またCoSTEPでの実践では異なる経験をしてきました。私たち自身が、講義の受講中に得た共感や違和感、あるいは講義を振り返って考えたことこそ、今後のそれぞれの「科学技術コミュニケーションとは何か?」に対する答えの手がかりとなるのかもしれません。
モジュール2:表現とコミュニケーションの手法 ~選科集中演習から~
科学技術コミュニケーションにおいて実践される表現とコミュニケーションの手法を学びました。講義で取り上げられた事例は、映像、ライティング、アートそしてプレゼンテーションでした。しかし、もちろんこれ以外の手法もあります。選科集中演習Aでは、音楽や演劇などの手法も用いられ、ひとつのテーマ“Energy”のもと、班ごとに全く異なるサイエンスイベントが作られました。梶井先生は、「さまざまな手法を知ることを通して自分は何がしたいのかが見えてくる」といいます。
一方、選科集中演習Bはサイエンスライティングの実践演習で、選科Aとは異なり手法が固定化されていることが特徴です。「書くことを通じて対象を言葉に置き換えることは、対象にきちんと目を向けることである」と、担当の原先生はひとつの手法に向き合うことの意義を強調しました。手法を広くそして深く知ることは、新しい視点やアプローチの発見を通して、私たちの活動の選択肢を増やします。そして、私たちはそれらを吟味することを通して、自身の活動とより深く向き合っていけるように思いました。
モジュール3:活動のためのデザイン ~グラフィックデザイン実習から~
モジュール3では、講師の方々のお話から、包摂、対話、学習や教育のデザインについて理解を深め、自分で企画を実践する際のデザインについても考えました。また、振り返りの場ではグラフィックデザイン実習の事例紹介とともに、「実践では感覚的なアプローチも必要である」という池田先生のコメントがありました。実習では、多様なステークホルダーを包摂するために、気持ちはグラデーションであるという考えのもと、参加者が曖昧な気持ちを表現・共有できるようなデザインを目指したといいます。活動のためのデザインとは、企画者、コンテンツそして参加者との間に生じる、感情や文脈の違いに由来するギャップを埋めることを目指して行うものであるように私は感じました。
モジュール4:科学技術の多面的課題 ~対話の場の創造実習から~
種村先生は、科学技術コミュニケーションには、「市民の科学への興味・関心あるいは科学リテラシーを高めることに重点を置いたもの」と「科学が社会で使われる際のルール、政策形成に市民がどのように関わっていけるか考えることに重点を置いたもの」があるといいます。本モジュールでは、後者に関して4名の先生方から学びました。講義と紐づけられて紹介があったのは、私も取り組んだ、対話の場の創造実習のイベント「対話day」でした。このイベントでは、科学技術と社会との接点に生じる課題を扱いました。科学技術の社会実装におけるELSI(倫理的・法的・社会的課題)などの視点を学んでいたからこそ、対話の論点を設定・想定ができ、実りある場をつくることができたと感じています。その一方で、講義ではELSIは時代の影響を受ける可変的なものであることも学びました。このモジュールで得た視点を起点に、自分が今後向き合っていくべき課題に対して、「その時」持つべき視点を見出すことが求められているように思います。
モジュール5:多様な立場の理解 ~ソーシャルデザイン実習から~
公害被害者、性的マイノリティ、障害者といった、さまざまな立場の方々のお話を伺い、科学技術コミュニケーターとして関わる多様なステークホルダーと協働するために持つべき視点を学びました。ここでは、朴先生からソーシャルデザイン実習での実践が紹介されました。WEBページやサイエンスカフェにおいて、多様な視点の存在や、視点による情報の解釈の違いを表現することが目指されたものです。「多様な視点を認識し、人々の日常に寄り添うことが重要である」と、朴先生はいいます。社会における多様さは、一つの軸で評価できるものではなく、三次元、四次元的な広がりのあるものです。そして、マジョリティだと考えていた自分自身が、別の視点ではマイノリティの立場にいることもあります。このような多様な社会においては、相手そして自分をさまざまな角度や視点から見ることで、より良い協働の形を見出せるとともに、複数の視点からのアプローチによって課題に対するより良い解決策にたどり着けるのかもしれません。
モジュール6:社会における実践 ~ライティング・編集実習から~
最後のモジュールは、今後私たちが科学技術コミュニケーターとして社会で活動する際のモデルとなるような方々からのお話です。これまでのモジュールを通して、広く社会に目を向けることができました。しかし、社会を構成するのは個人です。今回の講師の方々のお話から、社会を構成するひとりひとりに目を向けて寄り添うことが、結果として社会とつながることになると実感しました。一方で、このような講師の方々の「ステークホルダーに寄り添う姿勢」だけでなく「明確な武器を持っていること」の重要さを原先生は強調しました。原先生が担当するライティング・編集実習では、研究者を取材して、その内容をまとめる実践が行われてきました。この際、現場での取材によって自分の知りたい情報を収集することの他に、自らの「観点を定めて」言葉にすることが重要となるそうです。科学技術コミュニケーションにおいて、相手や対象と向き合うことと同様に、私たち自身に目を向け、自分がどのような立場から、どのような視点をもって活動するのかを自覚することで、自分にしかできない役割を果たせるのではないでしょうか。
熟達を目指して
私たちは今後、科学技術コミュニケーターとして活動します。では、私たちが目指すべき科学技術コミュニケーターとしての熟達とは何でしょうか。それは、「効率的にできることではなく、その場に応じた柔軟性や更新性を備え、適応的に働けることだ」と、奥本先生はいいます。私たちがいるのは、不確実性や多様性といった言葉で形容される社会。このような社会と密接につながる科学技術コミュニケーターは、場面に応じて変化できる存在であるべきです。その一方で、私たち自身にそれぞれのバックグラウンドがあります。自身の力点を活かしながら、社会とつながる科学技術コミュニケーションを行うために、場面に応じて自らの形を変化させるためのコツを、この一年間の講義で得たように思います。
素晴らしい学びの機会を提供してくださった講師の皆さま、そしてその学びをサポートしてくださったCoSTEPの先生方、ありがとうございました。