実践+発信

「科学技術史の視点を博物館展示に活かす」(6/11)有賀暢迪先生 講義レポート

2022.7.18

吉田 彩乃(2022年度 選科/学生)

今回の講師は、国立科学博物館(以下、科博)で科学技術史の調査・研究・普及等を行ってきた有賀暢迪先生です。「科学技術史の視点を博物館展示に活かす」というタイトルで、展示制作という科学技術コミュニケーションのご経験をもとに、「科学技術と歴史的なものの見方」について教えていただきました。

(1)科学史とは?

先生のご専門は科学史。そもそも科学史とはなにか?「理系」を対象とした「文系」の学問であると有賀先生はいいます。科学史が対象とするものは、理論や法則などの「知識」、実験や観察などの「方法や実践」、科学を取り巻く「社会的制度」、政治や思想などの「社会や文化とのかかわり」など、非常に幅広いです。これを聞いて、今までの講義で学んできた科学技術コミュニケーションの扱うものの幅広さと似ているなと感じました。

(2)国立科学博物館と研究員

科博といえば上野のイメージですが、有賀先生はほとんど上野にいることはなかったそうです。博物館にとって、事業の一部である「展示」は上野本館で行われます。一方で、研究員だった有賀さんは筑波地区で、「調査・研究」と「標本・資料の収集・保管・活用」の事業に力を入れていました。
どの博物館においても、博物館資料として収集・保管された資料は、たとえ収集当時は最先端のものであっても、必ず古くなります。結果として、博物館資料は「日本の科学技術の歩みを示す貴重な資料」となり、それが科学技術史の対象となっていくのです。

(3)企画展示制作の実際

続いて、有賀先生が実際に関わった企画展「加速器」を例に、展示制作の実際について説明していただきました。有賀先生は、加速器の専門家というわけではなく、研究者と来館者を繋ぐ「科学技術コミュニケーター」として、企画展に関わっていたわけです。実際にこの企画展を見に行っていた身としては、裏側を知ることができ、特におもしろかったです。
ここで印象に残ったことは「ターゲットの細かさ」と「関わる人の多さ」です。

①「ターゲットの細かさ」について
先生は5つのターゲット設定を行い、展示を構成するそれぞれの章ごとに少しずつターゲットを変えていったそうです。対象の年齢層だけでなく、職業やどうして見に来たのかと、細かい設定をしていました。対象を意識して、何を伝えたいか、どのように伝えるかを考えることは、博物館展示だけでなく、科学技術コミュニケーション全般において、非常に大事なことだろうと感じました。

②「関わる人の多さ」について
展示制作には有賀先生をはじめ、科博、研究所の担当の方などで構成された監修チーム、事務系の企画展担当の方、展示業者など多くの人が関わっています。例えば、私が会場で面白い解説の仕方だと感じていた「LINE風に会話をしながら解説するパネル」もその一つです。このパネルは、展示業者がある一か所のために持ってきたアイデアを有賀先生が面白いと感じてブース全体で採用したこと、採用を決めたもののすべての専門的な文章を会話調に直すことが大変だったことなどを教えていただきました。大変だったけれど、これもコミュニケーターの仕事の一種かもしれないと話していました。
ほかにも、「この展示方法は展示業者さんが持ってきたアイデア」、「これは研究機関の人が作った」、などとたくさんの人のアイデアが紹介されていました。有賀先生が書いた初期のコンセプトも、様々な人の意見が入るうちに変わっていったそうです。このような多くの人が展示に関わる上では、早めにコンセプトを文章として定め、合意形成をすることが大事だといいます。このことも、今後の自分たちが行う集中演習等で大事になると感じました。

(4)科学技術史と科学技術コミュニケーション

科学技術史の対象となる資料を活用し、
  1.展示に反映させる意味は?
  2.科学を伝える上で、歴史は何の役に立つのか?
という問いに対し、先生は2つのことを挙げていました。
一つ目は、科学的知識の動的性格への理解につながること。だれもが触れたことのある教科書は、あたかも未来永劫変わらない、静的な知識のように書かれることが多いです。しかし、科学には限界があり、わからないことがたくさんあります。また、科学の知識は変わるもので、研究者の努力によって常に新たな発見が生まれています。このような「科学的知識は変わっていくものである」という性質を伝えるためには、科学が変容していった歴史を伝えることは非常に効果的です。
二つ目は、科学が人の営みであることが感じられること。歴史を学び、伝えることで、過去の人物や時代状況へ興味を引くことができます。これは科学への親近感につながると思います。
歴史的視点を取り入れることは、現状を相対化するための視座となります。今しか知らなかったらこれからどのように変わりうるのか、可能性を知らないことになり、議論しづらいのではないか、と有賀先生はいいます。歴史は、過去から今に向かってこうなってきていて、これからどうしていったらいいのかな、と考えていくための出発点、材料になるとまとめられました。

(5)最後に

最後の質疑応答では、北大博物館の展示のこと、受講生自身の科学技術コミュニケーターとしての悩みなど、具体的な事例に対する質問が多くありました。実際に展示に関わっていた立場から、丁寧に答えていただいたことが印象的でした。

すべてのものには歴史があるということこそが、科学の重要な側面である「科学的知識は変わっていくこと」やそれに付随する「科学の限界」につながっていることを知ることができました。私は現在働いている博物館のワークショップで、科学の楽しさを伝えようと、科学をかみ砕いて説明することに注力してきました。そこに歴史という要素を加えることで、関連人物の裏側という面白い要素や、科学の限界など、新たな内容を伝えてみたいと感じました。科学的原理や最新科学でわかったことを伝えるだけでない、歴史的な視点を交えた科学技術コミュニケーションの在り方を考えていきたいです。これは科学の一般への普及だけではなく、リスクコミュニケーション等、どのような科学技術コミュニケーションにも必要なのではないでしょうか。
有賀先生、ありがとうございました。