実践+発信

モジュール3-1「展示する科学コミュニケーション」(9/3) 宮原裕美先生 講義レポート

2022.9.12

荒 千砂(2022年度本科/社会人)

いよいよCoSTEP18期の後半戦、モジュール3の講義が始まりました。
本講義の講師、宮原裕美先生は、日本科学未来館の展示企画担当として13年間勤務され、現在は同館の科学コミュニケーション室、室長代理を務めていらっしゃいます。
講義の本題に入る前に、宮原先生は、「ミュージアムの使命とは、人類の知恵が集結した“資料=宝物”の存在を全く知らない人たちへ橋渡しをすること」と述べられ、「ミュージアムと来館者の双方向的な関係性が重要」と強調されました。確かにそれは、科学コミュニケーターの立場からも共通して言えることだと思います。では、その使命や関係性がどのようにミュージアムの展示に反映されているのでしょうか。早速、講義がスタートしました。

宮原裕美先生
「そもそも展示とは?」

まず、各地のミュージアムにおける個性的な展示について、画像資料が紹介されました。その中から私が特に印象に残った展示を3つ抜粋します。

  1.  「ジオ・コスモス」→日本科学未来館のシンボル展示。直径約6mの球体型LEDディスプレイに毎日更新される雲の様子が映る。現在の地球を感じられる情報発信がそのまま展示になっている
  2.  「家畜 -愛で、育て、屠る-」→東京大学総合研究博物館で行われた特別展示の一部に、大量の鶏の剥製が陳列され、その様は一種独特な雰囲気を醸し出す。そこにはいかに多くの鶏が品種改良されてきたかを暗に示し、人間の欲望が可視化されたような展示
  3. 「動物たちの大行進」→フランス自然史博物館の実物大の動物の剥製が展示室中央を占拠。非分類形で「ケース」に入れずに展示する型破りな展示手法

これらの展示から、今、ミュージアムでは既成概念を覆す、インパクトのある展示手法が取り入れられていることが分かります。同時に、それを生みだす企画者の伸びやかな発想も求められています。最先端のIT技術の導入や、展示を通し企画者がメッセージを色濃く発信している点も特徴と言えます。

では、私たちは印象に残った展示をどう客観的に評価し、その価値を認識できるのでしょうか。ここでワークへの誘導があり、各自が「これまで一番印象に残った展示」について振り返り、評価・再考を行いました。宮原先生が考案された4象限で評価をプロットし、さらに図表化することで、結果として、客観的な展示の振り返りに役立つという発見がありました。

講義では、実際にブレイクアウトルームで、これまでに印象深かった展示を分類してみました
「展示に科学コミュニケーションはどう関係するのか」

次に、あらためて展示とは何か、科学コミュニケーションとの関係も含めて考察していきます。

「見る」・「読む」・「しゃべる」・「入力(選択する)」・「写真をとる」・「体を使って見る(自分の動作と見えるものがリンク)」などが展示を見る側の一般的な動作です。宮原先生によると、科学コミュニケーションとして必要なことは、それらに加え、「座って眺める」・「寝転んで見る」・「休む」なども、重要だと言われ、日本科学未来館で実際に来館者がそのような行動をし、くつろいでいる画像が紹介されました。

展示を見て「面白かった」で終わるのではなく展示の持つ意味を考え、見たヒトが他者と話したり、振り返りをするための「促し」も科学コミュニケーターの大きな役割だと言えます。さらに、親が子供に解説文を読み聞かせながら展示を見て回るような「共同の体験」・「語り合い」・「深く考えること」が展示と科学コミュニケーションを考える上では、特に重要だと話されました。

宮原先生は、展示とはモノを並べるだけではなく、意味のある何かとして示し、それを見るヒトが感じることでコミュニケーション・メディアとして活用されるべきモノとされ、梅棹忠夫が説いた展示における「双方向的な対話と相互作用」について、さらに1960年にICOMの米国メンバーが提示した「モノを意味あるように見せる」・「目的ある陳列」についてふれられました。展示の手法は大きく変化した一方で、「総合的なメディア」という展示の役割は変わらないままだと言えます。

「メディア」という視点から、メッセージを伝えるきっかけ(フック)をどうつくるか、情報をどう発信していくのかという方向へ講義はさらに展開し、紹介された展示作品がジョセフ・コスースの《ひとつのそして3つの椅子》です。

ジョセフ・コス―ス《ひとつのそして3つの椅子》(1965) © 2022 Joseph Kosuth / Artists Rights Society (ARS), New
York, Courtesy of the artist and Sean Kelly Gallery, New York http://www.moma.org

画像資料では左側に椅子の写真、中央に本物の木製の簡素な椅子、右側には辞書から抜粋された椅子の定義が印刷された紙。宮原先生はこの作品に、大きな衝撃を受けられたそうです。ここで重要なのは、展示から突きつけられた「椅子を椅子たらしめるのは何か」という問いに、見るヒトの考えが活性化されていくことだと言います。科学コミュニケーターには今後、このような目のつけどころも必要とされているのです。

「企画からオープンまでのプロセス」

企画を立てるうえで、一般的によく言われる“6W2H”は、日本科学未来館においても例外ではなく、宮原先生も「“6W2H”さえしっかりできていれば、企画書としてはバッチリ!」と力説されました。

ところで、日本未来科学館では、過去にどのような企画が生まれてきたのでしょうか。同館の企画展示「科学×○○」シリーズで紹介された中から、3つの展示を抜粋します。

  • 「科学×恋愛」【恋愛物語展】どうして一人ではいられないの?(2005年)
    →“カクレクマノミの性転換”始め、生物の性の起源にまで言及し、性の多様性を紹介した展示
  •  「科学×終わり」【世界の終わりのものがたり】もはや逃れられない73の問い(2012年)
    →東日本大震災から一年後の開催。平和で穏やかな生活が一変する可能性を誰もが自分ごとに感じていた頃、一人ひとりが何を大切にして生きていくべきか、敢えて問題提起をした
  • 「科学×トイレ」【トイレ? 行っトイレ!】ボクらのうんちと地球のみらい(2014年)
    →子どもから大人までが学び、楽しめる企画展。人間のうんちの身近な話から、下水処理や地球環境の問題まで、さまざまなスケールのトイレをとりまく問題を取り上げた

これらの企画から、かなり攻めの内容であり、前例のないことや世の中でタブー視されることにも怖れずに切り込んでいる日本科学未来館の姿勢が感じられました。

最後に、日本科学未来館の常設展示【ぼくとみんなとそしてきみ】を例に、企画された展示が形になるまでに、以下の9つのプロセスがあると説明いただきました。

「科学リサーチ」→「テーマ設定」→「メッセージ・ねらい」→「展示構成」→「情報編集」→「展示手法」→「コンテンツ作り」→「展示評価」→「オープン」

展示づくりの長いプロセス

オープンまでに掛かった期間は約1年半~2年だったそうです。入念なリサーチから始まり、紆余曲折を経て外部の専門家はもちろん、来館者にも事前評価の協力を得るなど、オープンを迎えるまでのリアルな現場の様子を知ることができました。その結果、「巨大な絵本」が並ぶ、迫力ある展示の光景が生まれ、脳科学や社会心理学まで分かり易く学べる内容になっています。【ぼくとみんなとそしてきみ】には、宮原先生が語られた“ミュージアムの使命”が、凝縮されているように見えます。

最終的に、親子の読み聞かせをイメージした展示として完成

講義冒頭、先生の「不屈の就活」の経験談にも心が熱くなりました。

そのお話も併せて、素敵な講義をありがとうございました!

講義後も丁寧に質疑応答をしていただきました