藤本 研一(2022年度本科/社会人)
2022年11月12日、モジュール5−3の講義が行われました。今回の講師は東田秀美先生(NPO法人旧小熊邸倶楽部 理事長・NPO法人歴史的地域資産研究機構 事務局)です。北海道各地にある歴史的建造物の保存・活用をNPOとして実施されています。
今回の講義ではご自身の経験を元に歴史的建造物保存と市民活動についてお話しいただきました。
以下、講義の内容を3点にわけて見ていきます。
(1)歴史的建造物の意義と保存・活用の意義について
最初に「歴史的建造物」の定義について説明がありました。
文化財保護法において築後50年を経ている建造物の中で建築的意匠的に優れている、当時の技術がある、設計者が有名であるなどの特徴があれば歴史的建造物であると言える
この定義によれば「築後50年+α」の要素があればなんでも歴史的建造物に含まれます。そのため多くの歴史的建造物が北海道内に年々増えていくことになります。
歴史的建造物というのは単に所有者だけのものではなく、地域住民にとっても街のシンボルとなっていることも多く公共的な意味を持ちます。そのため、所有者の都合で壊したり売却したりしていいわけではないのです。
この歴史的建造物、重要文化財であれば国や北海道・市町村から維持管理費用が出ますが文化財指定を受けていない歴史的建造物のほうが圧倒的に多いです。そのため、意義がある歴史的建造物であっても取り壊されることも多いと言います。だからこそ、その保存・活用をNPOとして行っていらっしゃるのですね。
(2)旧小熊邸 保存活動について
東田先生が歴史的建造物保存と関わるようになった直接のきっかけ—それが旧小熊邸です。建築家・田上義也の設計で建てられた、北大(当時は北海道帝国大学)教授・小熊捍(まもる)博士の邸宅です。田上の初期の代表作であり、建築的価値も非常に高い建物となっています。
ところが1995年に取り壊しの話が起きます。当時の所有者は北海道銀行(道銀)であり、建築家の有志や市民による取り壊し反対運動がはじまりました。東田先生もその運動に参加し活動を始める中でふと気づきました。それは「単なる反対運動ではなく所有者である道銀や札幌市、建築会や市民団体と調整をしていきたい」ということでした。
当時、歴史的建造物の保存運動がある場合、建築会などが「取り壊し反対」を言うばかりであり、「じゃあ、どうやったら保存・活用できるか考えよう」という視点がまったくなかった、といいます。
実際に関係者の間を周り調整するのには多大な苦労があったそうですが、最終的には旧小熊邸の新たなオーナーを探すという方向性で話をまとめることができました。札幌市の第三セクターによる買収とそれに伴う移築、テナント貸しをする企業との折衝などを経て1998年に「ろいず珈琲館 旧小熊邸」としてグランドオープンするに至りました
「Win-Winの関係を創る、というのは簡単。でも実際やるのはすごく大変です。だからこそ丁寧に関係性を見つつ相手のメリットも考えていく必要があります」
講義では旧小熊邸のほかの歴史的建造物の保存運動についても語られます。残念ながら保存ができなかった建物についての説明では悔しさが伝わってくる口調で受講生に語りかけてくださりました。
「本来、建物をどうするかというのは所有者である個人や企業にありますが、いま歴史的建造物の保存運動をしているからこそ、私にも残す責任があると自覚しています。考えてみると変ですよね。でもその覚悟があります」
歴史的建造物が本当にお好きであり、情熱をかけていらっしゃる様子が伝わってきました。
(3)科学技術コミュニケーションに関して
講義の最後に科学技術コミュニケーションについてもお話されました。
「科学技術というのはある程度まで合理的なものです。ところが、人間は全く合理的ではありません。でも合理的になるように働きかけることが可能だと考えています」
歴史的建造物を保存するにあたって、ただ単に「壊すな」というだけなら誰でもできますが、所有者に納得してもらいつつ新たな活用方法を考えていくのは非常に大変なことです。だからこそ、相手との関係をつなぎ、保存・活用の方法を一緒に考えていくのだと言います。場合によっては様々な団体・個人に働きかけ、周りを動かしていくのです。
「歴史的建造物を守りたい私は、所有者と話す際にあえて歴史的建造物の話から入らないようにしています。建物の話をしたいのをぐっとガマンしてその人の困っていることに注目しています。たとえば家族の話をしたり、今何に困っているかをうかがったりします。そうやって所有者の気持ちと困りごと・関係者の想いの違い・財産関係の情報を聞くところから丁寧に進めています。こういうことをしているので、周りから「私立探偵」とも言われています」
所有者・市民・市町村などと調整をしながら歴史的建造物保存に真剣に取り組む東田先生の姿勢。その原点にあるのが丁寧に目の前の相手の話を聞き取っていくところにあるのだと学ばせていただきました。これこそコミュニケーションの基本ですし、科学技術コミュニケーションにおいて外せない視点であると感じました。
講義後の質疑応答でも「東田先生が歴史的建造物に興味を持ったきっかけは?」「歴史的建造物保存の際、どのようなゴールを考えていますか?」などたいへん活発に議論が進んでいきました。
特に印象的だったのは「東田先生にとってのWin-Winなことはなんですか?」という質問へのご返答です。
「たまたま旧小熊邸でコーヒーを飲んでいた時、座っていた人から「ちょっとちょっと、ここはさあ、こういう場所で…」と話かけてもらうことがこれまで何度もありました。「ねえ、知ってる?この建物の保存は東田さんという人がくれたんだ」などと話しかけてもらうこともあります。私は「へ〜、そうなんですね!」と聞くようにしています(笑)。近くに住んでいる市民の人が「自分がやった」ように語ってくれるのを聞けると本当に嬉しいですね」
歴史的建造物を保存することが市民にとっての誇りにもなっていることを実感する講義となりました。
終わりに
実は私、講師の東田先生とは前職の高校教員時代にたいへんお世話になった経験があります。東田先生はご自身のNPO法人運営の経験をもとに、市民活動についてのアドバイスも行っていらっしゃいます。前職の高校でNPO法人を立ち上げる際、私が何度もうかがってアドバイスいただいてきました。
講義前にご挨拶差し上げたところ、先方も覚えていてくださっていてたいへん驚きました。講義の中で「私達の仕事はあらゆる人がお客さん。いつお客さんになってくださるかわからないからこそ人とのつながりを大切にしています」とおっしゃっていましたが、それを実感する機会となりました。
東田先生、貴重なお話をありがとうございます。