今野夏季(2023年度グラフィックデザイン実習/学生)
講義前のお昼休み。スクリーンには、色鮮やかな鳥と魚、硬そうな甲虫のイラスト。始まる前から私はそれに釘付けでした。
今日は、表現とコミュニケーションの手法について学ぶ「モジュール2」の最終回。私たちグラフィックデザイン班の師匠、大内田先生による「サイエンスイラストレーションについて考える」の始まりです。
1.科学の目で描くイラストレーション
スクリーンに映し出された鳥(写真左)。これは先生ご自身が標本を作り、羽や体を観察しながら描かれた作品です。その隣の魚(写真上部中央)。実は生体標本がなく、何色か判明していません。専門家の方と本物の色を相談し、細部まで観察しながら描かれたとのことです。そしてその下にいる甲虫は(写真右)、実は鉛筆で点を打ったくらいの大きさだとか。顕微鏡で覗いて、スケッチブック上で解体しながら描いたそうです。
このようにサイエンスイラストレーターには、科学者と円滑にコミュニケーションをとり、信頼できる情報を自ら収集して理解するスキルが欠かせないと、先生はおっしゃいます。
2.そもそもなんでイラストなの?
サイエンスイラストレーションだからこそできることとは、なんでしょうか。先生は6つの特徴を挙げました。
1つめは、”抽出する”。例えば、植物がたくさん生えている森の中の写真。そこから1枚の葉を抜き出し、そのユニットがわかるように抜き出すことができます。
2つめは、”らしさを掴む”。アデリーペンギンとジェンツーペンギン、実物を並べて比べるのは難しいです。しかし、キャンパス上に同じ構図や角度で描くことで、比較することができます。
3つめは、”復元する”。白亜紀に生きていたとされている、哺乳類フィリコミスの化石があります。その骨から筋肉や体表を再現し、まるで生きているかのように表現することができます。また、フィリコミスはどの哺乳類よりも先に社会性を持っていたことが明らかになっているようで、それも併せて表現することができます。
4つめは、”翻訳する”。例えば、難しそうな論文に書かれた内容も、イラストと簡単な言葉を使えば1枚のイラストで説明できたりします。
5つめは、”惹きつける”。Cellなどの科学雑誌の表紙は、リアルなウイルスの絵に限りません。科学的意義を捉えながら、研究内容を象徴するサイエンスイラストレーションによって、人々を惹きつける表紙をつくることができます。
6つめは、“親しみやすい”と”とっつきやすい”。例えば、山中先生のiPS細胞の研究について、科学現象の説明をイラストでわかりやすく表現する。しかしそれだけでなく、山中先生というキャラクターを登場させることで、より親近感を持って見てくれる人を増やすことができます。
3.どんなイラスト?
イラストは、おおまかに概念的から形象的なものに分けられるといいます。例えば、メタファーは概念寄り、生き物などのイラストは形象寄りです。つまり、伝えたいことによってこだわるポイントが変わります。
例えば、論文やグラフィカルアブストラクトを通して正確な情報を伝えたい際には、妥協を許さない正確性が求められます。これは講義スライドの表紙のようなイラストで、専門家の目や細部の観察などが欠かせません。
また、プレスリリースなどおおよその内容を伝える際には、パッと見て分かる工夫が必要とされます。その際には、伝えたいポイントを絞ってわかりやすくまとめることが必要です。
最後に、雑誌の表紙やチラシなどおおまかな印象を伝えたいときには、 人々を惹きつける、魅力的なイラストが必要とされます。例えば先生が描かれたCellのカバーイラスト。血小板を作るメカニズムの論文をモチーフとし、それを人と花びらで表現した、とても素敵な作品です。
このように、伝えたい内容に沿って各こだわりポイントを意識する必要があります。
4. 誰に見せるもの?
ここでちょっとしたワークがありました。ウイルスのイラスト、4つが提示され、どのイラストをどのような層の人に見せるのが適当か考えました。横軸はナイーブ層、一般層、専門家。それに加えて縦軸には、大まかな印象〜正確な情報、というスケールもあります。
この表に4つのイラストを配置するのです。
答えは、最も可愛らしいウイルスのイラストは大まかな印象を与え、ナイーブ層に見せる際に適します。一方で、リアルなウイルスに近いイラストほど正確であり、一般層〜専門家層に向いています。
このように、見る相手によってイラストの印象を変える必要があるのですね。
5.どうやって手に入れる?
さてこのようなサイエンスイラストレーションを、私たちはどのように手に入れることができるのでしょうか。
自分でゼロから全て作ったり、AIやデザインツールなどを利用して自分で作ったり、プロに依頼したり、といった方法がありますが、どれも一長一短です。そのため、出来上がった作品について自分で見極めることが必要とのことでした。
6.今後の展望
最近では、生成AIを使って簡単に画像を作れるようになってきましたが、AIはどのくらい有用なのでしょうか。
先生は実験をされたそうです。前述のフィリコミスの特徴を画像生成AIに入力し、出力させてみました。しかし結果は、フィリコミスとはだいぶ異なる画像が出力されました。つまり正確性の観点では、まだまだ生成AIはサイエンスイラストレーターに取って代われない段階であるそうです。とはいえ、正確性を求められないイラストに関しては、ある程度のクオリティーの作品を、短時間で出力できます。
そこで、先生は”スラッシュキャリア”をおすすめされていました。専業クリエーターに厳しくなりそうな近未来。そこで様々なスキルを身につけ、”スラッシュキャリア”を持つことが、クリエーターとして生き残っていく戦略の一つとおっしゃっていました。
7.+α クリエーターを乗せるコツ
最後に、クリエーターを乗せるコツとして、「たまごち」を教えてくださいました。これは「魂のご馳走」の略で、その人のリアルな本音や想いのことです。例えば、あなたがクリエーターに、イラストの作成を依頼するとします。ただ事務的に「〜が伝わるような、イラストを書いてください。」と、メールをするのでは、クリエーターを乗せることはできないかもしれません。そこに「たまごち」をプラスします。「このイラストはあなたにしか描けないから、あなたにお願いしたいです!」「最高です!」…というふうに、この一言を付け加えるのです。すると、クリエーターのモチベーションが高まり、完成度の高い作品を手に入れることができるかもしれません。これがコツだそうです。
講義を通じて
長くなってしまいましたが、この講義内容を少ないイラストや写真で説明することは、私にとっては一苦労でした。やはりイラストには、言葉で補いきれない、伝える力があると感じました。しかし文を書くのにも、サイエンスイラストレーションを描くのにも、共通しているのは、常に相手に伝えることを考えている点だと思います。誰に、何のために、何の情報を、どのような表現を用いて伝えるのか…。そこを突き詰めると、ハッと、これもサイエンスコミュニケーションなのか…と気付かされました。
大内田先生、楽しい講義をありがとうございました。