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モジュール5-3「日本の感染症対策の必要性について」(12/2)佐藤彰彦先生講義レポート

2024.1.24

武智ゆり(2023年度選科A/社会人)

1.はじめに

佐藤先生は塩野義製薬 創薬疾患研究所の主任研究員であり、北海道大学人獣共通感染症国際共同研究所 シオノギ抗ウイルス薬研究部門で客員教授を務めておられます。1980年に塩野義製薬に入社されて以来、ウイルス診断・治療薬開発一筋のご経歴で、抗HIV薬ドルテグラビルとカボテグラビル、抗インフルエンザ静注薬ペラミビル、そして抗インフルエンザ薬バロキサビルなどの開発を担われました。
ほとんどのウイルス感染症は、ウイルス自体が悪さをするのではなく、ウイルスの増殖による身体の炎症反応によって発熱などの症状が出るということです。そこで先生は、身体の中でウイルスが増えないようにすることができれば症状改善効果が発揮できるので、すぐにウイルスの増殖を抑えることができる(これを佐藤先生は「キレがいい」と表現されました)薬を目指して、研究を続けてこられました。
ドルテグラビルとその関連製品に関する権利が、2012年に塩野義製薬からヴィーブ社に移転されたことに伴い、先生は北大との共同研究を開始され、2018年設立のシオノギ抗ウイルス薬研究部門がご活躍の舞台となります。ここでは、昨年国内緊急承認されたCOVID-19 治療薬エンシトレルビル(ゾコーバ)も生まれました。

2.新興・再興感染症の流行と対策
(人獣共通感染症の脅威について語る佐藤先生)

”One World、One Health”とは何でしょうか。これは2004年の野生動物保護学会で提唱されたマンハッタン原則と呼ばれるもので、地球上の健全な多様な生態系の維持は、ヒト、飼育動物(伴侶動物、産業動物、展示動物)、野生動物の健康、および水・土壌などの環境の保全が相まってはじめて実現できるという考え方です。このすべてが繋がっているという事こそが、動物では症状が表れないがヒトでは発症するという、人獣共通感染症の背景にあります。そこで自然宿主、伝搬経路、病原性因子の解明と、予防・診断・治療法の開発を一体化して行わないと、パンデミックを防ぐことはできません。ここで、どのような感染症が世界のどこで発生しているかが図で示されました。驚くことに南極大陸を除く世界全土で発生が見られます。この中でも、エイズ(HIV感染)、新型インフルエンザ、ジカ熱などは全世界的な問題になりました。最近ではCOVID-19、やMpox(サル痘)、そして洪水による蚊の大発生に起因するバングラデシュのデング熱もあります。これら、新興・再興感染症が出現する要因が7つ挙げられました。そのほとんどが、人間の活動に起因する要因、言い換えれば、人間がコントロールできる要因であることに私は気が付きました。
要因のひとつである「病原性の変化、感染力の増加」については、3つのウイルスが詳しく説明されました。インフルエンザがなぜ毎年流行るのかは、ウイルスの構造(8本の分節に分かれたマイナスRNAを持つことが特徴的)と関係があります。HA(ヘマグルチニン)の点変異を伴う抗原連続変異が毎年の流行を引き起こし、異なる株の同時感染による遺伝子交換に基づく抗原不連続変異が世界的大流行は起こしうるということです。2009年の新型インフルエンザでは、ブタ、トリ、ヒトに感染したウイルスの遺伝子再集合が観察されたそうで、まさに人獣共通感染症であることがよく理解できました。コロナウイルス(SARS-Co、SARS-CoV-2、MERSなども含む総称)のうちSARS-CoV-2は中間宿主がまだはっきり同定されていません。COVID-19で再感染がおこるのも、ウイルス表面のスパイク(抗原性タンパク質)が頻繁に変異するからです。
チンパンジー由来のHIV-1は1983年に初めてエイズの病原体として同定されてから40年がたち注目度も低くなっています。その間にもヒトにアダプテーション(順応)し、現在も様々な株が世界中で流行っていますが、優れた治療薬が開発され安価なジェネリックも普及し、多くの患者さんが寿命を全うできるようになっています。
以上のような感染症に対し、個人レベルでの対策はもちろんですが、これからは産・官・学で流行予測、予防、診断、治療、重症化抑制に取り組む必要があります。まず、新規抗菌薬開発の現状と問題点が述べられました。日本は研究者も多く、多数の抗菌薬を世に出してきましたが、適正使用の問題による使用量の低下、がんや代謝疾患のような慢性疾患治療薬に比べて短い投与期間、開発にかかる期間の長さと莫大な費用に見合わない収益性の低さ、そして抗菌薬の骨格が出尽くしてしまったことが、企業を抗菌薬開発から撤退させてしまいました。この課題に対応がされていないわけではなく、イギリスでは政府による開発費用の支援、審査期間の短縮や特許期間の延長によって企業が研究をしやすくしているそうです。

3.抗ウイルス薬の必要性

具体的な抗ウイルス薬の研究と開発の話に入る前に、ウイルスの分類、大きさ、構造、ライフサイクルなどの基礎知識、抗HIV薬の作用点とエイズのHAART療法、SARS-CoV-2のライフサイクルと阻害剤の作用点を学びました。インフルエンザやCOVID-19では症状の表れ方は人によって異なりますが、侵入したウイルスを早く叩くことが重要で、問題になっている long COVID(COVID-19 の後遺症)も防げます。

4.抗ウイルス薬の研究と開発

創薬のプロセスは、例えばバロキサビルでは12年、カボテグラビルでは26年と大変長い期間を要し、途中で開発中止になるものも9割以上です。抗HIV薬の進歩は目覚ましく、今や、半年に一回の注射で効果のある薬も開発中です。世に出すのに巨額の費用がかかる抗ウイルス薬ですが、成功した際に企業にもたらされる収益も莫大なものとなるため、企業にとっては魅力的なのです。
次に創薬における共同研究に話は移り、前述のドルテグラビル、ペラミビル、エンシトレルビルなどを成功に導いた産学連携の重要性が示されました。ヒット化合物の探索から始まる薬の開発は、有望な候補化合物を選びさらに開発化合物が決まって臨床試験に持ち込めても、そこで脱落してしまう薬もあります。リード化合物の構造最適化研究では薬理、化学、動態、毒性チームなどの協力が不可欠で、これは「団体競技」であり「楽しみ」があると佐藤先生は言われました。

(ご自身の経験も交え語る佐藤先生)
5.塩野義・北大チームのミッション

塩野義・北大チームでは、人獣共通感染症に対する薬の開発を目指して、従来の抗ウイルス薬のスクリーニング法に替えて、既に持っている抗ウイルス性化合物が効くウイルスを探す「水平展開によるスクリーニング法」を用いて時間の短縮を図っています。先生は、新興感染症対策はAll Japanで取り組むべきであると、講義を締めくくりました。

6.おわりに

私はこの講義タイトルを見た時に、感染症対策においては世界トップクラスであるはずの我が国で、なぜいま「必要性」が取り上げられるのか疑問に思いました。戦前は亡国病とまでと言われた結核感染者を抗生物質、BCG、生活水準の向上によって激減させ、天然痘ではWHOによる1980年の根絶宣言に先立って1974年には患者発生が最後となった日本。今回のCOVID-19パンデミックでは多数の死者を出し、コロナ関連倒産といわれるような甚大な経済被害をもたらしたものの、国民の感染予防の徹底と迅速なワクチン接種政策の導入で、発生から4年が経過する現在では、ほぼ発生前と変わらない生活を取り戻しています。しかし、結核も、天然痘も、COVID-19も、発生後の対策が功を奏したのであって、本来はパンデミックが起きる前に対策を立てておくことがより重要であると、認識を新たにしました。

(佐藤先生ありがとうございました)

注釈
1. 薬事日報 https://www.yakuji.co.jp/entry28884.html