CoSTEPでは、3回分の講義を「モジュール」という単位でくくり、科学技術コミュニケーションや関連領域の知識やスキルを体系的に、バランス良く学んでもらうことを目指しています。6月20日の講義からは、モジュール3「表現とコミュニケーションの技法」に入りました。
第一回目は、スピーチライター、パブリックスピーキング・コーチ、舞台演出家、スピーチ評論家として多彩な活躍をされており、『パブリックスピーキング 人を動かすコミュニケーション術』をお書きになられた蔭山洋介先生を講師にお招きしました。
「パブリックスピーキング」とは、人前で話すこと全般を指します。科学技術コミュニケーターとして、人前で話す機会や、人前で話す人をサポートする機会は多々あるでしょう。そのようなときにどのようなことに気をつければよいのか、単にテクニックだけではなく、本質的に押さえておかなければならないことは何なのか、について語っていただきました。
蔭山先生からはまず、パブリックスピーキングの際に陥りがちな悪い例の紹介がありました。一つは「分かりやすい説明」だけを重視し、それさえ行えば伝わるだろう、という考え方です。もう一つは、とにかく「思いの強さ」があれば伝わるだろう、という考え方です。
それでは、パブリックスピーキングの成功の鍵はどこにあるのでしょうか?
この点について蔭山先生は、デレク・シヴァーズという人がTEDと呼ばれる有名なプレゼンテーション大会で発表した「どのように運動が始まるか」というプレゼンテーションを引用して、説明してくださいました。そこには、リーダーシップ、フォロワーの役割、同調圧力など、重要な論点が幾つも含まれていましたが、パブリックスピーキングにも共通するポイントがありました。それは「共感」です。「説明」だけでも「思いの強さ」だけでもなく、「共感」を呼び起こすスピーチが必要なのです。
共感を呼び起こすスピーチを実現するには、どのようなことに気をつければよいのでしょうか?
実は、パブリックスピーキングにおいて重要な点は、空間演出やイベントなどとも共通している部分が多いのです。そこで授業では、受講生にとってなじみの深いサイエンスカフェを例にとって、サイエンスカフェを構成するのに必要な要素を受講生に挙げてもらいました。
受講生からは様々な要素が挙げられましたが、それを蔭山先生は、「演出」「演技」「シナリオ」の三つに大別されました。さらにそれら全てに関わるものとして「テーマ(世界観)」を挙げられました。一つのテーマ(世界観)に従って「演出」「演技」「シナリオ」の全てが統一感をもって組み立てられていること、これがパブリックスピーキングにおいて最も重要であるとのことでした。
この三つのなかでも特にシナリオについては、「あいさつ」「アイスブレイク」「フレーミング」「事実/事件」「意見」「まとめ」によって構成されること、さらに、この構成はコミュニケーションがハイコンテクストなのかローコンテンクストなのかで異なることが説明されました。とりわけ、スピーチを聴いていて面白いかどうかは「事実/事件」の部分に依存するそうです。「事実/事件」の伝え方は演劇が得意とする分野で、「日常」「事件」「非日常(事件を解消しなければならない状態)」「解消」「新たな日常」というのが基本的な構成になります。
パブリックスピーキングのようなコミュニケーションは、小手先の技術ではありません。究極的には、その人を良き生へ導くための提案をすることがコミュニケーションの本質であると、蔭山先生は言います。また蔭山先生は、とらえどころのない「世界」というものに限界まで接近するために専門知が発達してきた、それをもう一度一般の人のいる場所に戻すことが必要であり、そのために芸術などの表現行為があり、パブリックスピーキングがあると言います。
科学技術コミュニケーションとも共通する部分が多々あるのではないでしょうか。