茨城県のつくば市から、国立環境研究所の江守先生が来てくださいました。気候変動を予測し、将来の世界の気候をシミュレーションされているそうです。
なんと、前日6年ぶりに発表されたばかりの、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)評価報告書の最新データを用いて説明していただけるという幸運に恵まれました。この150年で世界平均気温は0.9℃上昇し、二酸化炭素濃度は1.4倍ほどにもなり、北極海の海氷面積は明らかに減少し、世界平均海面水位も上がっていることがわかります。近年の気温の上昇は、人為起源の温室効果ガスの増加による可能性が極めて高いということが、前回の評価報告より強調されました。
この先、気温はどうなっていくのでしょう? これは、これから人々がどのくらいの温室効果ガスを出し、どの程度それに対処するかなどによっても変わってくるので、そうした「シナリオ」を想定して予測するのだそうです。何もせずに放っておくと、100年後には最高4.8℃も上昇。でも、もうこれ以上は無理、というほどの対策を行う「シナリオ」では、現在から1.0℃前後の上昇ですむという予想です。
2010年の気候変動枠組条約(カンクン合意)では、「産業化以前からの世界平均気温の上昇を2℃以内に抑える」という長期目標を立てています。IPCCでも、2℃以上の気温上昇が起きると、さまざまな深刻な影響が現われると予想していますが、何℃を超えてはいけないのかという点については、社会が判断することだと書かれているといいます。先生は、専門家として、このトランスサイエンスの問題を深く考えるようになったそうです。
温暖化の対策にはさまざまありますが、「切り札」や「最終手段」として、大気中の二酸化炭素を取り込むとか、太陽放射を人為的に管理するといった方法が検討されているそうです。でもそれぞれに、さまざまなリスクが懸念されます。地球温暖化には悪影響もあれば好影響もあり、またそれへの対策にも好影響があれば悪影響もあるということです。どの選択をしてもリスクはあるので、全体を見て、社会がどのリスクをどのくらい受け入れられるのかという議論をしなくてはならない段階にあると先生は考えています。
その判断を誰がするのか。専門家だけでは「正解」を出せない問題も多くなり、リスクを社会で考える必要が出てきました。そうすることで、専門家だけでは気づかなかったことや、専門家がもっていない知恵に出会える可能性があります。医療の世界でも、患者自身が治療方針の「自己決定権」をもてるよう、「インフォームド・コンセント」が重要視されるようになったように、社会の自己決定権を尊重すべきかもしれません。それに近づくため、市民参加型テクノロジー・アセスメントの試みが少しずつ始まっています。
政府あるいは専門家などが市民の意見をきくとき、「ガス抜きの儀式」になりがちなこと、また、市民の側も「どうせそんなものだろう」と思っていることを、先生は指摘します。相互不信の構造でものごとを決めていては、社会全体として納得のいく意思決定はできないと、双方が時間をかけて信頼を積み重ねていくプロセスを、最後に提示してくれました。それは私たち科学技術コミュニケーターの役割でもあるのですね。
(三井恭子 2013年度本科/ライター)