著者:岡野栄之 著
出版社:20090400
刊行年月:2009年4月
定価:890円
2006年、京都大学の山中伸弥教授がマウスの皮膚の細胞からiPS細胞を作製し、世界をあっと驚かした。今や世界中でiPS細胞の研究が行われており、様々な成果が頻繁にメディアで報道されている。また、文部科学省は、このiPS細胞の研究を国家プロジェクトと位置付け、2008年度からの5年間で約100億円という巨額の投資を行っている。
世界中が注目しているiPS細胞とは何か。iPS細胞で何ができるようになるのか。山中教授と共同研究している著者が自身の研究を含め、iPS細胞について解説しているのが本書である。 本書は、子どもが抱いた疑問に親である著者が答えていく、という形式でiPS細胞について説明している。ありふれた日常生活での親子の会話で話が進んでいく点は、無理なく読み進めることができ、専門用語もイラスト付きでわかりやすく解説されているので、生命科学に詳しくない人でも理解できる内容になっている。
iPS細胞を日本語で表すと、人工多能性幹細胞となる。多能性とは、あらゆる組織や臓器の細胞に変化できる可能性を持っていることである。また、幹細胞とは、いろいろな臓器のもとになる細胞のことである。つまり、iPS細胞とは人工的に作り出された、あらゆる組織や臓器の細胞に変化できる可能性をもっているもとになる細胞のことである。
iPS細胞のすごいところは、病気の治療に応用できることである。例えば、新しい薬を作った時に、病気の人からつくったiPS細胞に投与し、効き目や副作用を試したり、その病気の原因を解明することが期待できる。中でも、iPS細胞は再生医療へ応用できることが注目されている。 再生医療への応用という点では、これまで胚性幹細胞(ES細胞)が注目されていた。
しかし、ES細胞の実用化には大きな二つの問題がある。一つは、 ES細胞は受精卵を壊してつくることから生じる倫理的な問題。もう一つは、仮に誰かの受精卵からES細胞をつくって、病気の人に移植したとしても、拒絶反応が起こってしまう問題。 iPS細胞は、皮膚などの細胞から人工的な操作をして作製されるのでES細胞にあるような倫理的な問題は起こらない。また、患者自身の細胞から iPS細胞を作製すれば、拒絶反応も起こらないので、ES細胞のような問題はない。 ただ、iPS細胞は非常に腫瘍化しやすいなどの問題を持っている。しかし、ES細胞に比べて、2006年に生まれたiPS細胞はまだ小さな赤ちゃんのようなものだと著者は言う。この問題を解決することが今後の課題になる。
本書の前半部分はiPS細胞はどういうものか、という話で、後半部分は著者と山中教授との共同研究の話になっている。著者は、神経の研究者でiPS 細胞の実用化の研究に取り組んでおり、山中教授との共同研究でいくつかの成果を発表している。例えば、iPS細胞から作り出した細胞をマウスに移植し、脊髄損傷治療の回復に成功している。後半部分は、このような最先端の研究の話題になっている。 iPS細胞をつくった京都大学の山中教授は、『世界中で人気の携帯音楽プレーヤーのiPodのように、iPS細胞が世界中に広まって人々の役に立つように』、という願いを込めて、最初の英字を小文字にした名前をつけた。今、iPS細胞の研究は国内外を問わず、多くの大学や企業で行われており、めざましい勢いで進んでいる。山中教授の願いが叶う日は、そう遠くはないかもしれない。
橋口太志(2009年度CoSTEP選科生、札幌市)