実践+発信

『科学技術コミュニケーション』15号の合評会を開催

2014.12.25

2014年11月30日(日)に北海道大学情報教育館で、3回目となる『科学技術コミュニケーション』の合評会が開催されました。遠くは帯広から来場した2名を含めて、参加者は11名。2時間半にわたって議論を繰り広げました。

主催は有志による「JJSCを読む会」実行委員会です。CoSTEPも開催に協力したため、こちらにて報告させていただきます。

今回取り上げた論考は、『科学技術コミュニケーション』第15号(2014年6月発行)に掲載された、沼崎麻子他「成人ASD(自閉症スペクトラム障害)当事者の博物館利用の現状と課題:「科学コミュニケーション」の場としての博物館の役割に着目して」です。

著者の沼崎さんは現在、北海道大学大学院理学院博士課程で、障害者支援と博物館のあり方をテーマに研究しています。対する評者は風間恵美子さん。臨床心理学が専門で、札幌市教育員会の特別支援教育巡回相談員として小中学校を日々まわり、さまざまな子どもたちの支援に奔走しています。

まず風間さんから、沼崎さんたちの論文へのコメントがありました。この論文の目的は、「成人ASD当事者の博物館の利用実態と障害特性ゆえ支援となりえる要因を検討すること、科学コミュニケーションの場としての博物館のユニバーサルデザインおよび新たな機能の開発に寄与すること」であるという確認がなされました。風間さんは、ASD当事者と直接関わってきた経験を踏まえて、ASDの種類や特徴についても解説してくれました。「ASDの診断はどのように行うのか」という参加者からの質問に対しては、「社会生活する上でどのくらい困っていると本人が感じているかなどを医師が診察し、生育歴を考慮し診断する」といった説明がありました。

評者の風間さん

風間さんはコメントの中で、沼崎さんらの論考に対して、知的発達の遅れが伴わないタイプの発達障害について「当事者の支援についての困難が見過されていないか? 他の障害にはない彼ら独自の『困り感』が、他の障害の中に埋もれているのでは?」という疑問を投げかけました。

沼崎さんは、今回ASDに焦点を当てた理由として、「マイノリティ集団としての当事者視点の提供」をするためであるとしたうえで、以下のように回答しました。「さまざまな立場の視線を重ねると、博物館側には見えない『利用における不便』の穴が小さくなっていく。他の利用者にも共通する困難を明確化し、優先的に取り組むべき課題候補が浮かび上がる。困難の対立事項そして妥協点を明らかにして、博物館において『できること』をすり合わせることができる」。今回、対象を限定しているように見えますが、結果的に「誰もが利用しやすい博物館」につながる考察になっているといいます。

風間さんからは「ASD当事者により感じ方の違いが大きい」という指摘もありましたが、これに対して沼崎さんは、「音が大きい方がいい・小さい方がいいといった、ニーズが対立している場合、妥協点を模索し、可能なところから改善していくとよいのではないか」と答えました。

著者の沼崎さん

 
 

また、「今回示された困難はADSに特有なのか? 当事者の現状を調査するためには、全ての項目について、一般の博物館利用者の現状調査の結果が必要ではないか?」という風間さんの疑問に対しては、沼崎さんは、非当事者との比較は実際にはなかなか難しく、今後の課題としたい、とのことでした。

沼崎さんは現在、就労支援分野との関連テーマで論文を作成しているそうです。これは、当事者と一般利用者が博物館活動を共に行うことで、ビジネススキル・ソーシャルスキルを共に学ぶ就労支援プログラムの開発につながる研究でもあります。仕事に役立つスキルをただ身につけるだけではなく、当事者が博物館と関わることにより、当事者さらには一般の来館者に対して、利用しやすい博物館に改善していくことも、プログラムの目標の一つです。例えば、プログラム内で行う活動として展示解説や展示制作、イベントの企画・運営などが考えられますが、当事者と一般利用者の両者が意見交換することを通じて、プログラム参加者は博物館に協力することができます。そのためのプログラムをいま模索しているとのことでした。

その後、他の参加者を含めて、活発な意見交換がありました。特に2人の視点の違いについて議論が続きました。沼崎さんは、さまざまな人々が困っている部分についてまずは対策を行うことの必要性を主張するのに対して、風間さんは、発達障害の人たちには多様な性質や感じ方があるので、個別に対応する具体策の必要性を訴えました。

前者のアプローチは、できるだけ多くの人々がより快適に博物館を楽しむために必要なハード面・ソフト面について有効なデザインを工夫するためになくてはならないし、後者のアプローチは、現場でいかに個別の来館者が博物館の展示などを楽しめるか、具体的な対処方法を求めます。見方を変えると、両者は対立する視点というよりは、むしろ相補うアプローチであり、博物館におけるよりよい科学コミュニケーションに関して互いに追求していくべきものだと感じられました。

雑誌『科学技術コミュニケーション』は、成果を発信する媒体にとどまらず、交流の場を生み出し、議論を発展させていく媒体となるよう、今後も継続的に開催する予定です。