植村 茉莉恵(2017年度 本科/学生)
今回は、吉村正志先生(沖縄科学技術大学院大学(OIST)生物多様性・複雑性研究ユニット スタッフサイエンティスト/OKEON美ら森プロジェクトコーディネーター)をお招きし、地域連携型環境研究プロジェクト「OKEON 美ら森プロジェクト」のデザインと実践に関する講義を受けました。OISTとは、生物多様性保全において最重要地域である沖縄県に所在している、内閣府直轄の大学院大学です。吉村先生はそこで、自然環境のモニタリング研究に関する「OKEON 美ら森プロジェクト」のプロジェクトコーディネーターを務めています。
環境教育への興味とアリ研究との出会い
「OKEON 美ら森プロジェクト」のお話をする前に、これまでの先生の経歴を紹介していただきました。神奈川県出身で、酪農学園大学を卒業後、利尻島で中学校の教員をされました。そこで、子どもたちへ環境教育をしたいと思い、フィールドに出ることにしました。さらに、自分自身のフィールドを持ちたいという思いから出会ったのが、アリでした。校庭でアリを拾って、双眼実体顕微鏡で覗いた時の衝撃を今でも忘れられないそうです。実にバラエティに富んだ世界が広がっており、「なんで?」「なんでこんなに多様?」「なんでこの形?」という疑問が沸いてきたそうです。それから、アリ研究にのめりこんでいきました。
研究者として生きていく
日本アリ類研究会で北大環境科学院の三浦先生の発表を聞き、一生かかってもこのレベルに追いつかない、自分とのギャップを埋められないだろうと感じたそうです。しかしそこで、自分も負けたくない、研究者として生きていこうと決心をされました。その後、帯広畜産大学に社会人選抜で入学し、学位を取得しました。日本でキャリアを積んでいく難しさを感じ、アメリカのカリフォルニア科学アカデミーでポスドクとして雇用され、その後OISTに研究員として採用され、行くことになりました。
OKEON 美ら森プロジェクト
OISTで吉村先生は、社会とのコラボレーションをどう作っていく、どう変えていくか研究をされています。沖縄は、生物多様性保全におけるホットスポットです。しかし、外来種の流入による固有種個体数の減少など、島の生態系は危機的な状況にあります。また沖縄は、観光産業が重要な収入源となっており、その観光の売りとして、自然生態系や景観のブランドがあります。沖縄にとって、自然生態系を保全することはとても重要ですが、その状況を把握しているわけではありません。
そこで、自然環境をモニタリングする「OKEON 美ら森プロジェクト」がOISTにおいて始まりました。OKEONとは、Okinawa Environmental Observation Networkの略です。「OKEON 美ら森プロジェクト」では、最新の科学技術を用いた生物多様性観測システムを構築し、社会ネットワークシステムに取り入れることをしており、沖縄の持続的発展への貢献を目的としています。具体的には、野外調査によって得られたデータやGIS情報、分子解析を用いて、生物多様性を解析します。
社会との協力関係
調査区は沖縄本島全体にわたって24区設立しています。これを一つ一つ設立するために、理解してもらえる協力者に、ビジョンや思いを丁寧に伝えるといいます。協力者なしでは成り立たない、プロジェクトと言えます。24調査区には、昆虫トラップや気象観測装置、音声装置、カメラトラップなどの観測機器を設置しています。また昆虫チームには、昆虫専門家と地元スタッフ8人のチームで構成されています。地元の方を取り込むことで、将来的には、社会に還元されます。これは、OKEONプロジェクトの目的である、沖縄の持続的発展への貢献に合致しています。
また社会と協力するためには、教育に重点を置いています。そのために、高等学校、博物館、沖縄県と協力関係を結んでいます。特に、win-winの関係になるよう意識しているそうです。例えば高等学校とは、高大連携の関係を結び、高校でワークショップを開催しています。そこで、高校生に調査の仕方を指導し、サンプリングした標本をOKEONに寄贈してもらうということもしています。研究者、教員、生徒の三者がメリットのある関係を築いています。
また行政との協力関係としては、ヒアリ問題の発生時にも大いに役立ちました。沖縄県では、OKEONプロジェクトがあり、モニタリングが島全域で行われていたので、迅速な対応を取ることができました。またメディアとの連携関係を取ることで、社会に正しい知識や情報を発信することができています。
科学技術コミュニケーター
最後に、吉村先生はこれまでのご自身の経験を振り返って、科学技術コミュニケーターにとって必要なことを教えてくださいました。科学技術コミュニケーターには、伝えたいメッセージと、そのメッセージを裏付ける科学的体系や知識、確かなデータと正しい解釈がある上で、受け手のニーズに沿った、伝える技術を持つ必要があると言います。科学と社会の橋渡しになっている先生だからこそのお話だと感じました。