サイエンス・カフェ札幌を経験したCoSTEP修了生の活躍
中村 景子さん
サイエンス・カフェで科学の面白さを伝えるために
私がCoSTEPに一期生として入った2005年当時の日本ではまだサイエンス・カフェという新しい形の「研究者と市民の対話の場」はそれほど知られていませんでした。そのような中でサイエンス・カフェ札幌が企画されていくわけですから、第1回目の開催時には受講生はもちろん教員スタッフの中にさえサイエンス・カフェを十分に経験した者がおらず、完全に手探りの状態で進められていました。最初に新しい分野を切り開いていく以上、避けては通れないことですが、今振返るとよくできたなと笑ってしまうほど無我夢中でした。
サイエンス・カフェを通して私が実現したかったのは、科学の面白さを伝えること、そしてそれを理解するための“場”を発見することでした。しかし、CoSTEPの受講生として関わっただけでは明らかに不完全燃焼の状態でした。これを解消するためにサイエンス・カフェ札幌とは別の枠組みを考えることにしました。それが、CoSTEP一期修了生の有志による実験的なサイエンス・カフェこと「ペンギンカフェ」です。
ペンギンカフェの誕生——そして、現在
私たちのコンセプトは最初から明確でした。それは、①密度の濃い交流、②参加者の中から次回の担当者を決定、③各々のスキルアップ、の3点です。特に①と②がサイエンス・カフェ札幌とは違う点です。運営側が一方的に企画するだけで終わるのではなく、参加者の中から新しい企画を募るよう設計することで、サイエンス・カフェが開催されるたびに運営側と参加者側が入れ替わります。その結果、密度の濃い交流が実現でき、それは同時に各々のスキルアップへとつなげることができます。また、サイエンス・カフェ札幌ではCoSTEPスタッフの指導で運営を行っていましたが、私たちは“仲間”である点を重視し、自由闊達に意見が言い合える雰囲気作りも目指しました。
第1回目は2006年6月に「南極のペンギン」をテーマにして開催しました。そこから、私たちのサイエンスカフェは「ペンギンカフェ」と呼ばれるようになりました。広報するお金が無く、口コミとブログでのお知らせしかできなかったにもかかわらず、初回に22人もの参加者が来場してくれました。以降も多様なテーマで企画が立ち、場所や時間帯、対話の進め方など様々なシチュエーションを試すことができ、おかげさまで10回以上の体験を積み重ねることができました。
ペンギンカフェ立ち上げの年に、私はサイエンスコミュニケーションの事業を起業しました。起業した理由は二点あります。一点目はサイエンスコミュニケーションの発展が欠かせない社会において自分が微力でも役に立つことがあると感じたこと。二点目は大学教育の枠組みとは別に、民間のビジネスとして成立させることで、より実践的な事例から秩序を見出すことができるのではないかと考えたことです。北海道大学の教員の依頼によるポスター制作を皮切りに、研究者と社会をつなぐためのイベントの企画、ウェブサイトや動画、出版物の制作など多角的に事業を展開してきました。2010年には法人化し、現在に至るわけですが、サイエンス・カフェ札幌とペンギンカフェを通して得られた数多くの知識や経験があったからこそたどり着いた“今”だと考えています。サイエンスカフェといったイベント開催だけをビジネスにするのはたいへん難しく、また一過性のイベントだけでは伝えきれない分野やテーマも多いのが現実です。そこで、私たちはイベントという媒体も含めた多様な媒体を通して広めることのできるコンテンツ制作事業をメインに据えています。2014年からは小中学生にサイエンスとプログラミングを同時に学んでもらう「ラッコラ」という体験型教室を開くなどして、サイエンスコミュニケーションの仕事を多方面に広げて行き、担い手の“職”をつくっています。社会的意義が大きい活動ほど、それを牽引する人々のマインドとスキルは高いものでなければなりません。それを支えていくのはプロフェッショナルとしての立場と自覚だと考え、職業としてのサイエンスコミュニケーションを切り開いていきます。