実践+発信

WHAT IS LIFE? 生命とは何か

2021.7.2

著者:ポール・ナース
訳者:竹内薫
出版社:ダイヤモンド社
刊行年月日:2021年3月9日
定価:1,700円(税別)


私たちがあらゆる生命に負う責任とはなんだろう

著者は本書をこのように締めくくる。
「おそらく、人間は、こうした深い絆を理解し、その意味に思いを馳せることができる、唯一の生命体だ。だから、われわれは、近縁も遠縁も含め、親戚たちがこんなふうに作り上げた、地球の生命に対して、特別な責任を負っている。われわれは、生命を慈しみ、生命の世話をしなければならない。そして、そのために、われわれは生命を理解する必要があるのだ。」

本書では、生物学や科学が社会の課題にどのように貢献することができるのか、つまり、生命とは何かを考えることがなぜ重要であるのかを生物学者からの立場から著者は述べている。さらに著者は、よりよい未来をすべての世代に繋げていくためには、地球で生きていく以上、切っても切り離せない生態系に対しても責任を持たなければいけないのではないかという考えを読者に投げかけている。

正直、私は大学生活や就職活動など、生きていくことに精一杯でよりよい未来について考える余裕はなかった。まして、植物や動物といった他の生命に気を配り、責任を持たなきゃいけないなんてとてもじゃないけど私1人で抱えるには大きすぎる責任だと思う。一方で、私を含め誰しもが今の社会に対する様々な課題に1度はニュースなどで耳にしたことがあるのではないだろうか。COVID-19が世界中に流行した中で、予防法や治療法の正解が分からないまま医療従事者や感染症の専門家の方々がなんとしてでも流行を抑えなければならないと奮闘してきたことを私たちはこの1年以上もの間ずっと見てきた。私たち自身も徹底した予防策を行い、我慢のしいられる規制の中でまた普通の日常に戻れるようにと頑張ってきた。COVID-19の問題だけではなく環境問題、食料問題、抱えきれないほどの多くの課題に程度の差はあれど解決しなければいけないという意識を持っている。私たちは生きているだけで精一杯だけれども、今よりも未来がよりよくなるようにと心のどこかでは願っているのではないだろうか。

そんな願いを実現するためのヒントの1つとして本書では生命を理解することが挙げられている。著者の生物学や科学に対する想いが随所に散りばめられている一方で、本書は生物学の基本的な知識を学ぶことができる教科書的な記述が大部分を占める。その生物学の基礎として最も重要な考え方の1つが「遺伝」である。生命は新しい世代に、成長し、機能し、繁殖するために必要な遺伝命令として遺伝子を受け継ぐ。生命がいつまでも存在するためには、遺伝子を自ら正確に、そして慎重に複製しなければならない。

ここで、本書でも書かれている遺伝子の研究と社会課題の関わりの例を1つ紹介する。著者は、細胞周期に関わる遺伝子の研究に生涯を捧げた。細胞周期は細胞が分裂してからまた次に分裂するまでを1周期とする。この1周期の中で細胞が新たな細胞へ遺伝子を正確に引き継ぐことで生命は成長し、機能し、繁殖できるのである。著者は生物学における細胞周期研究の重要性にいち早く気づき、それを実行する遺伝子を特定した。細胞周期を制御する遺伝子を特定することが生物学の大きな進歩であったことはもちろんのこと、細胞が制御不能のまま分裂するがんの治療といった医療という分野にまで大きく貢献する可能性を秘めているのである。

著者の細胞周期の研究を一例に説明される生命を理解することの重要性を踏まえたうえで、最初の問いに戻ろう。私たちは生命を理解し、他の生命に対して特別な責任を持たなければいけないのだろうか。私はこの著者の考え方に大きくうなずくことはできない。なぜなら「特別な責任」は少し大袈裟な言い方であるし、責任が重すぎるような気がしたからだ。しかし、私たち人間が唯一、生命についての理解を深めたり、他の生命について考えることができるのだとすると「特別」という表現を理解できたような気がする。私たちも日々の生活の僅かな時間を、社会の様々な課題について考えたり、周りの人を気遣うように他の生き物にも思いやりを持つことに費やしてみるべきじゃないだろうか。1人で抱えるには大きすぎるこの「特別な責任」を、もっと多くの人が少しでも考え、社会全体で分け合うことができれば、よりよい未来をつくれると思う。私たちが抱える様々な課題は個人や特定の分野の集団だけでは解決できる課題ではないからである。一般市民、政治家、専門家である科学者、社会全体が未来をつくるのだという認識が必要なのである。本書は生命を理解することで世界を変えるという、そんな未来への願いが込められた一冊である。

木山 瑠夏(CoSTEP17期本科ライティング・編集実習)