実践+発信

モジュール4-2「感情的理解のためのアプローチ」(10/26)池田貴子先生講義レポート

2025.1.18

柴田 夏実 (2024年度選科B/北大水産科学院)

商業施設に現れるクマ、民家の屋根を駆け回るサル……。近年、市街地における野生動物の出没が度々報じられます。こうした野生動物と人間の共生を目指すうえで欠かせないのが、これらの問題を取りまく人々の「感情」の理解です。

大学院時代、キツネの生態学やエキノコックスの疫学に関する研究を進めるなかで、科学研究が社会から隔離されていることに疑問を覚えたと話すCoSTEPの池田貴子先生。M4-2の講義では、池田先生が取り組まれたキツネに関するリスクコミュニケーションの事例を通して、獣害問題の解決に必要な感情的理解のためのアプローチを学びます。

野生動物のもつリスク

野生動物はしばしばマスコットとして扱われ、ときには観光資源になることもある存在です。北海道では、クマやキツネをモチーフにした可愛らしいグッズを目にする機会が多く、筆者もつい手を伸ばしてしまいます。

こうしたベネフィットが存在する一方で、野生動物は農作物を荒らす、感染症を媒介する、市街地に出没するといったリスクを持っています。野生動物によって引き起こされる被害、いわゆる「獣害」の問題は、科学だけでは解決できない場合がほとんどです。これは、リスクの性質・程度の見積もりが困難であることや、リスクの重要度・対応コストの認識が人によって様々であることに起因します。

では、何をもって獣害問題が「解決した」と言えるのでしょうか。多くの場合、獣害をゼロにすることは不可能なので、獣害問題の解決は以下のように捉えることができます。

  1. 被害を最小限に食いとめる、これ以上増やさない(知識・行動)
  2. うまくやりすごす(態度)

前者は適切な知識・行動の獲得ということで納得できますが、後者は少々漠然としていますね。実はこの「うまくやりすごす」が意外と重要であるというお話はまた後ほど……。

獣害問題におけるリスクコミュニケーション

獣害問題の解決を目指すうえで必要なのが、リスクコミュニケーション(リスク対応における利害関係者のコミュニケーション、以下リスコミ)です。獣害問題におけるリスコミは、「平時のリスコミ」「有事のリスコミ」に大別することができます。例えば、クマが市街地に出没するケースを想定すると、クマが人里に降りてこないようにする対策の立案が「平時のリスコミ」、出没したクマを山に返す/駆除するといった対応の検討が「有事のリスコミ」にあたります。

人間は有事の際、情報を理解するのが難しくなり、直感的な判断をする傾向にあるため、リスクに対して実態からかけ離れたイメージを持ってしまう可能性があります。また、有事のリスコミは専門家が主導するため、原則として市民が主体的に関わることはありません。どうやら、市民参加が必要となる「平時のリスコミ」に問題解決のカギがあるようです。

キツネは悪者?

平時のリスコミは一体どのようなものなのか、そしてどのように獣害問題を解決しうるのか、実際に池田先生が取り組まれたキタキツネに関する事例をもとに確認していきます。

キタキツネは、エキノコックス多包条虫と呼ばれる寄生虫を媒介し、人間にエキノコックス症を引き起こすことで知られています。エキノコックス症は肝機能障害などを伴う疾患で、現在も人間を対象とした特効薬は存在しません。1980年代以降、キツネの感染域・感染個体数は徐々に拡大・増加しており、過去20年間では毎年10-30人の新規患者が報告されています。また、近年では都市部に定着したキツネが餌付けなどによって人馴れしてしまうこともあり、キツネと人間の接触頻度が上がることによる問題の深刻化も懸念されています。

札幌市内の公園では、キツネが頻繁に出没することに対する市民からの苦情に頭を悩ませていました。そこで、公園、行政、そして研究者である池田先生との協働が始まります。市民に対する講義やキツネの観察などを行う「パークライフカフェ」をはじめとして、RPGを意識した構成のキツネ観察ツアー、エキノコックスになりきって繁栄を目指すボードゲームなど、キツネやエキノコックスのことを市民に知ってもらうための様々な取り組みが実施されました。その結果、公園に寄せられるキツネに関する苦情は以前の1/10に減り、リスコミは大成功を収めました。これらの活動においては、定期的な情報提供や、親しみやすい体験・教材が功を奏したと言えそうです。ところが、池田先生は「これだけが成功の理由ではない」と語ります。

「やっちゃダメ」では不十分

人間がリスクやベネフィットをどのように捉えるかに着目して野生動物管理に活かす、Human Dimensions of Wildlife Management(野生動物管理における人間事象)という学問分野が存在します。害獣を含む動物の保全のために発達したこの実践的学問におけるキーワードは、Acceptance(受容性)とTolerance(耐性)です。

このアプローチが用いられた過去の事例からわかったことは、リスクのみに焦点を当てて特定の行動を禁止する注意喚起は市民のAcceptanceを下げる一方、その動物のプラスの側面を同時に提示することでAcceptanceが上がるというものでした。ここでいうAcceptanceは、単に「そこにいてもいい」という許容のみを示すものではなく、「どうにかして共生したい」という感情をも内包する語です。

キツネに関するリスコミの事例でも、リスクだけでなくプラスの側面を提示することでエキノコックスへのAcceptanceが上がったことや、「自分で何とかできる」という感覚が得られる体験によってキツネへのAcceptanceが上がったことが、ひそかに成功を支えていたようです。この「自分で何とかできる」という感覚の獲得は、先述した獣害問題の解決「うまくやりすごす」の達成に寄与します。その種に対するAcceptanceが高まることで、知覚リスクが必要以上に高まるのを防ぐことができるのです。獣害問題を乗り切るためには、正しい知識をインプットするだけでなく、過度な不安を抱えずに「うまくやりすごす」意識をもつことが重要なのかもしれません。

おわりに

講義では、イエローストーン国立公園におけるオオカミ導入の事例が紹介されました。1974年、市民との対話なく生態学的知見のみに基づいて公園にオオカミ4頭が導入されると、なんと一年足らずでそのうち3頭が撃ち殺されてしまいます。野生動物と人間の共生を目指すうえで、一見すると科学の対極にあるようにも思える「感情」の理解が、動物と私たちの行く末を左右しうる重要な要素の一つであることを学びました。

漁業とイルカの軋轢を解消するための研究に取り組む筆者は、今回の授業から数えきれないほどのヒントを頂きました。科学一辺倒になることなく、多様な立場の人々の声に耳を傾けながら、野生動物との向き合い方について考えていきたいと思います。池田先生、素敵なお話をありがとうございました!

(キツネのポーズでキメる🦊)