著者:花里孝幸 著
出版社:20060400
刊行年月:2006年4月
定価:780円
この本には、二つの楽しさがある。一つには豊富な写真とイラストで、ミジンコの驚くべき生態を知ることができる。もう一つには、生態学の実験・研究がどのように組み立てられ、進められるかを知ることができる。生物学、生態学に興味のある中学生、高校生におすすめしたい。
また、この本では生態系と環境という大きなテーマがわかりやすい言葉で語られる。まず、小さなミジンコが湖の中で果たす役割をとおして生態系がイメージできる。次に生態系が変化することで環境も変わっていくことを理解し、湖の環境から地球全体の環境についても考えを広げることができる。「生態系や環境という言葉はよく耳にするが、具体的なイメージがつかめない」という大人にもおすすめしたい。
ミジンコは水中を泳ぎ回って生活するプランクトン(浮遊生物)の一種である。理科の教科書で見たことがある人も多いだろう。名前のとおり小さいが、節足動物門 甲殻類に属するれっきとした動物、つまりエビやカニの仲間である。
ミジンコのいったいどこが「すごい」のだろう?体長わずか0.2〜4mmほどのミジンコたちは、ボウフラに食べられないように頭をとがらせる。寒さや乾燥に耐えるため、発生を止めた休眠卵をつくる。酸素の少ない環境では体内に酸素を行き渡らせるためにヘモグロビンをつくる。魚を避けて日中は湖底に潜み、魚が活動を止める夜は水面近くに浮かび上がって餌をとる。こうしたさまざまな生存戦略には、成長速度が落ちる、抱卵数が減るなどの「コスト(代償)」が払われる。しかし、払ったコストと生き残ることができるという「ベネフィット(利益)」とのバランスはじつにうまく保たれている。
ミジンコのもう一つの「すごさ」は、湖の生態系の中で果たす役割にある。生態系とは、ある地域の中で生物と非生物の両方によって引き起こされる物質やエネルギーの流れを一つのまとまりとして捉えたものである。湖の中で、ミジンコは小さな一生物にすぎないが、生態系の中心として環境に大きな影響を与える力を持っている。水質悪化の原因となる植物プランクトンを食べるからだ。
そこで、著者は大型のミジンコをふやし、湖に大量発生している植物プランクトンを食べさせようという計画を立てる。ミジンコをふやすには、ミジンコを食べる小魚の天敵となる大型魚をふやせばよい。長い時間をかけ慎重な予備実験を繰り返した結果、この方法で植物プランクトンに覆われた湖の水質を改善できた。ミジンコの存在が、湖の生態系を本来の姿に保つカギとなっていたのだ。
湖の生態系を理解することは、地球全体の生態系の理解にもつながると著者は言う。湖におけるミジンコと同じく、人類も地球全体の生態系を構成する一生物にすぎない。人類は、自分たちが生き残るためにどのようにして、いま成立している生態系を維持していけばよいのか。湖の環境を変える力を持つミジンコは、地球の環境を変える力を持ってしまった人類のとるべき生き方を教えてくれているようだ。この意味でもミジンコは「すごい!」。
原林滋子(2006年度CoSTEP本科生,札幌市)