加藤木ひとみ (2023年度選科C/学生)
この夏(2023年夏)は猛暑続きでしたね。実はこの猛暑と、私たち市民による議論がつなげられるんです。2つのニュースと、それについてどんな議論ができそうか書いてみます。一つ目は、新潟県で新米の品質検査が行われ、各地で猛暑の影響が色濃く、上越市でも3等米が8割で、「よくて2等米」という結果だった、というニュース1です 。新潟県では「記録的な暑さがコメの品質に影響を与えてい」るようです。
ここで、一つ提案してみます。気候が農業に悪影響を与える可能性がある場合、市や町で対策や適応策を作る必要がありそうです。その時に農家や農家にかかわる人や出来た作物を食べる人も含めて、地域で行う対策を話し合うのはどうでしょうか?
二つ目のニュースは、東京での猛暑日についてです。東京都内で猛暑日が最多となった都市は練馬の26日で、東京都内でも、猛暑日の日数が観測史上を塗り替えた という記事で、練馬では、最高気温35度以上の「猛暑日」が、「観測史上最多を塗り替え都心(千代田区)の計22日を超える計26日だった」(2023/9/7時点)とのことです。
東京の猛暑についても、これからどんどん対策をとっていかなくてはいけないでしょう。部活やスポーツ競技をどこでいつやるのか、公共施設の空調設定をどうするのか、そしてより根本的には、この気候変動自体に東京としてどう対策していくのかも、誰かが決めなくてはいけません。地域や人々に合わせた政策を考える為にも、地域の人が集まって話し合うことが一つの対策を講じる方法として考えられそうです。
このように、新潟のお米をどう扱うか、東京で猛暑に対してどういう対策を行うか、といった私たちの生活にかかわる問題については、市民である私たちが意見を交わすことが一つの手段となりそうです。このような社会的な問題について話し合うとき、一部の政治家や公務員だけでも、研究者だけでもなく、「くじ引き等で選んだ、社会全体の縮図となるような小集団」を構成して、そこでの議論を結果によって対策を決めていこうという考え方があります。このような考え方は、「ミニ・パブリックス」と呼ばれています。
今回のCoSTEPの講義レポートでは、北海道⼤学⾼等教育推進機構/⼤学院理学院の三上 直之先生(科学技術社会論、環境社会学がご専門)の「ミニ・パブリックスと参加・熟議のデザイン」という講義を紹介します。
ミニ・パブリックスとは?
まず、ミニ・パブリックスとはなんでしょうか?
ミニ・パブリックスは社会の縮図となるメンバーをくじ引き3で集めて、その人たちが一定の期間集まり、話し合い、結論を出し、政策決定等で利用するという、一つの市⺠参加の⽅法4を指します。参加者の規模は十数人〜数百人で、小さいスケールから大きいスケールまでのミニ・パブリックスがあります。
では、ミニ・パブリックスはどうやってやるのでしょうか?
ミニ・パブリックスにはいくつかの種類がありますが、一つのやり方として討論型世論調査(deliberative poll: DP)があります。そのやり方は以下のような感じです。
Step1世論調査
一般の人へ議題についての意見を知るためのアンケートを取ります(テスト1回目)。電話・郵便・webなどの方法で行います。
Step2リクルート
リクルートでは、Step1のアンケートの最後に討論会への声掛けをします。謝礼や交通費などの条件も併せて提示します。そして、主催者は参加する市民を選定します。
Step3情報
情報となる冊子を参加者渡し、読んできてもらいます。
Step4 討論
4-1参加者はStep3で与えられた情報を読んだうえで、もう一度アンケートに答えます(テスト2回目)。
4-2話し合いをします。ファシリテーターがいて、議論を促進しながら進めていきます。
4-3みんなで集まって、議論で出てきた疑問を専門家に質問します。
(4-1から4-3を何度か繰り返します)
4-4最後にもう一度アンケートを取ります(テスト3回目)
Step5情報提供、発信、報道
結果をとりまとめ政策決定や、更なる議論に生かします。
以上のようにして、ミニ・パブリックスの討論型世論調査が出来上がっていきます。実際の事例については、世界各地のミニ・パブリックスの事例を網羅的に調べ、ミニ・パブリックスやり方を検討した書籍(OECD, 2023,「世界に学ぶミニ・パブリックス――くじ引きと熟議による民主主義のつくりかた」5 )が出ています。
ミニ・パブリックスを使った気候変動対策の話し合い「気候市⺠会議」
この、ミニ・パブリックスのやり方を利用して、気候変動対策についての話し合いをしよう、という取り組みがヨーロッパを中心に行われてきています。この取り組みを気候市⺠会議(climate assembly; 気候変動対策に関するミニ・パブリックス)といいます。
現在、日本を含む120か国以上が、「2050年までに二酸化炭素の排出を0にしよう」という目標を掲げています6 。そして、その目標をどう達成するかについて、地域の人びとや各国の人々が参加して気候市民会議が行われています。
例えば、英国の気候市⺠会議;Climate Assembly UK7 やフランスの気候市民会議;Convention Citoyenne pour le Climat8、などがあります。日本語訳したら少し様子がうかがえるかもしれません。日本でも、気候市民会議さっぽろ20209として行われたそうです。
ミニ・パブリックスは以上のように取り組まれてきました。しかし、社会的な問題に対する解決手段は、ミニ・パブリックス以外にも様々な方法があると思います。これに対し三上先生は、ミニ・パブリックスによる政策決定が有効である例を述べます。「レジ袋有料化によって、レジ袋の利⽤枚数が減少しました。これは社会的な取り決めにより人びとに行動変化を促した例です。つまり、個人の努力だけでは社会的な行動変化を起こすのは難しいと考え、「レジ袋の有料化」のような新たな社会的取り組みや政策をすることで社会的な活動の変化(レジ袋の利用枚数の減少)につながった事例です。」
このように私たちの生活に変化を起こしうる社会的な政策を決めるときには、個々人や地域の状況により最適な政策は異なるだろうから、専門家や一部の人たちだけでなく、様々な人を無作為に集めて意見を聞くことが大事であると、三上先生は考えます。
この意見について私は、レジ袋の有料化は、レジ袋を使うことでお金を払わなければいけないために、多くの人の行動が変化させた措置なのではないかと思いました。このような強制力のある政策を作り出すことがミニ・パブリックスのアウトプットとするならば、かなりハードルの高いゴール設定と言えるでしょう。多様なステークホルダーが参画するミニ・パブリックスは、このようなゴールにたどり着けるのでしょうか?
その点について三上先生は、「ミニ・パブリックスは問題解決のためのツールではなく、潜在している問題の複雑さを浮かび上がらせ、そこにかかわる人々が試⾏錯誤を誘発するツールと考えるべきである」とも言います。さらに、ミニ・パブリックスと社会的な変化を組み合わせることで、もっと大きなインパクトが生み出せるという考えもあります。三上先生は、2022年の著書10で、脱炭素社会への転換と、社会的意思決定のあり方の革新(政治学用語では、「⺠主主義のイノベーション」)を組み合わせて、「気候⺠主主義」という考え方を提唱しています。
以上本レポートではCostep 2023年9月9日の三上先生の講義「ミニ・パブリックスと参加・熟議のデザイン」についてまとめました。本講義では、ミニ・パブリックスの具体的な内容や、そこから広がる可能性についてのお話でした。
注・参考文献
- 新潟テレビ21 UXニュース「新米の品質検査 各地で猛暑の影響色濃く 上越市でも「3等米、よくて2等米」【新潟】」 2023.9.11 (2023/9/19最終観覧)
- 東京新聞「猛暑日 最多は練馬の26日 東京都内、今夏の暑さまとめ」2023年9月7日 07時15分(2023/9/19最終観覧)
- 無作為あるいは作為的に選出をします。無作為選出は「社会の縮図」となる参加者を集めることができ、作為的な選出では、全体のバランスを見ながら主催者側が参加する市民を選出することができます。
- ある問題に社会的にどのように解答を出すか、についての方法は他にも、インタビューやアンケートなどを含む様々な方法があります。それについて、川崎市がまとめた「主な市民参加手法一覧」があります。
- OECD(経済協力開発機構) (2023)「世界に学ぶミニ・パブリックスーーくじ引きと熟議による民主主義のつくりかた」 学芸出版社
- 「2015年にパリ協定が採択され、世界共通の長期目標として、“世界的な平均気温上昇を工業化以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求すること(2℃目標)” 今世紀後半に温室効果ガスの人為的な発生源による排出量と吸収源による除去量との間の均衡を達成すること等を合意しました。この実現に向けて、世界が取組を進めており、120以上の国と地域が「2050年カーボンニュートラル」という目標を掲げている」(環境省脱炭素ポータル)
- Climate Assembly UK ホームページ https://www.climateassembly.uk/
- Convention Citoyenne pour le Climat ホームページhttps://www.conventioncitoyennepourleclimat.fr/
- 気候市民会議さっぽろ2020 ホームページhttps://citizensassembly.jp/project/ca_kaken
- 三上直之(2022)『気候⺠主主義:次世代の政治の動かし⽅』岩波書店