2023年11月12日、北海道大学総合博物館1F「知の交流」にて、第132回サイエンス・カフェ札幌「キツネをなんとかしてほしいと思ったときに行く会 〜しかし、解決はしない。」を開催しました。本カフェは、第36回日本リスク学会年次大会が北海道大学で開催されるのに合わせて、学会大会の一般向け公開セミナーとして位置付けられました。34名(うちリスク学会員は7名)が参加し、都市にすむキツネにまつわる困りごとやリスク評価の難しさについて考えました。
カフェのテーマは、「獣害リスクとどう向き合うか」。日本リスク学会員の松永陽子さん(日本エヌ・ユー・エス株式会社(JANUS))と都市ギツネ研究を専門とする池田貴子(CoSTEP講師)の対談形式で実施しました。
自分にとって、リスクの大小の判断基準はなんだろう?
野生動物がもたらす不都合を「獣害」といいます。北海道における獣害問題として真っ先にあげられるのはヒグマによる被害でしょう。カフェ開催の1週間ほど前にも、北海道福島町の大千軒岳で北大生が登山中にヒグマに襲われて亡くなるといういたましい事故がありました。偶然このヒグマは別の登山者との格闘で致命傷を負い死亡しましたが、もしあのまま生きていたら危険性が高いとして駆除対象となったであろう、と専門家はいいます。
しかし、2022年に札幌市街地に出没したヒグマが駆除された際には、札幌市に全国から「殺すのはかわいそう」という抗議の電話が殺到しました。この時のみならず、こうした野生動物駆除報道の後には同じような抗議の声があがるのが常です。だれしも殺生は避けたいものですが、今後も人が襲われるリスクをどのぐらい自分ごととして捉えるか、が駆除への賛否の分かれ目になりそうです。
ここで、会場のみなさんにも訊いてみました。
ヒグマの出没パターンごとに、駆除賛成or反対の意思を「チョイスカード」で表明してもらいました。「人を襲ったヒグマ」>「まだ人身事故を起こしていない、山にすむヒグマ」の順に賛成派が減りましたが、「街に出た場合」では再び賛成派が増えました。
さて、では今日の本題「市街地に出てくるキツネ」ならどうでしょうか。ここ数年、札幌市街地では春になるとキツネが街に出てきて家庭菜園を荒らす、餌を期待してつきまとう、人を威嚇する、という訴えが必ずあがります。キツネが人間社会にもたらすこうした弊害を提示したうえで、先ほどと同じくチョイスカードをあげてもらいました。判断に迷う人が多くみられましたが今度は駆除反対派が比較的多く、ヒグマよりは都市ギツネのリスクを小さく見積もる人が多いようです。
ためしに2008〜2021年のヒグマとエキノコックスによる被害者数を比較してみると、実はエキノコックスの方がずっと多いことがわかります。数だけでリスクの大小を判断するのは一概にふさわしいとはいえませんが、少なくとも被害事案数に着目して比較してみると、実際の数と私たちの印象とのあいだにはギャップがあることを実感します。
野生動物のリアルとイメージのギャップ
さきほどヒグマ駆除報道に対する抗議の話をしましたが、「麻酔銃で眠らせて山に返して」というコメントが寄せられるそうです。実はキツネの場合もこうした声をよく耳にします。しかし、ヒグマとちがってキツネは山に返すわけにはいきません。
街のキツネを「都市ギツネurban fox」といいますが、彼らは山をすみかとはしておらず、街の中の緑地帯などに営巣しています。都市にすむ個体は代々都会っ子なので、彼らに帰る山はないのです。こうなると都市ギツネ対策としては打つ手なしのようにみえますが、エキノコックス感染予防に関しては有効な方法があります。
エキノコックスを制御する方法
エキノコックスに感染したキツネから人間への感染は、キツネの糞を介して起こります。エキノコックスはキツネの小腸に寄生し腸管内で産卵するため、キツネの糞とともにエキノコックスの卵(以下、虫卵)が外に排出されます。この虫卵が人間にとっての直接の病原体となります。この虫卵を誤って吸い込んだり口に入れてしまったりしないために、「沢の水は生で飲まない」「山菜などはよく洗って」などと言われるわけです。
エキノコックスは発症すると完治が難しいため予防が第一ですが、上記のような個人でできる予防策のほかにももう一つ手があります。エキノコックス駆虫薬が練り込まれた餌を定期的に野外に撒いてキツネに食べさせる方法です。「駆虫薬入りベイト」と呼ばれるこの方法はすでに効果が実証されており、道内のいくつかの市町村で実施されています。 ※エキノコックス感染予防および対策についての詳細は、記事冒頭の動画またはこちらの記事をご覧ください。
しかし、札幌市では未だ行政策とはなっておらず、各組織・団体が任意に自主事業として実施しているのみです。これにはいくつか理由がありますが、今回は「リスク」の観点から考えてみます。
リスクガバナンスとリスクコミュニケーション
ここで松永さんに、改めて「リスク」とは何か、解説していただきました。
「リスク」には実は決まった定義がありません。リスクを語る場によって、少しずつ表現や解釈の範囲が変わるようです。ただし、まだ明らかになっていない「不確かさ」を示している点は共通だといいます。リスクには備えたいのが人情ですが、まだ起きていない不都合に備えるのは非常に難しいことです。そこで、リスクを「評価」する必要がでてきます。リスク評価とは、どんな被害がどのぐらいの確率で起きるかを科学的に予測し、さらにその被害を社会がどのぐらい重くとらえるかを試算したうえで、実際にとるべき対策を洗い出す作業です。それが完了するとやっと実際の対応・管理を行なうことができます。こうした流れを「リスクガバナンス」といいます。そして、適切なガバナンスのためには、専門家や行政をふくむ当事者同士の意識や知識のすり合わせ「リスクコミュニケーション」が必須です。
リスク管理の優先順位を決めるもの
ベイト散布法が行政策となりづらい理由に戻りましょう。考えられる理由はいくつかあります。一つは、やはりコストの問題です。ベイトは決められた密度で定期的に散布し続けないと効果が持続しません。新たな事業を組み込むには経済的にも時間的にも非常にコストがかかるでしょう。また、エキノコックス感染リスクは道民の共通の脅威とはいえ、文字通りリスクが非常に見えづらいものです。リスクガバナンスにあてはめると、リスク評価が難しいといえます。さらに、当事者が非常に限定的です。万人にとっての関心事ではないとなると対策の優先順位が低くなるのも当然です。
ただ、実はベイトもたくさん撒けば良いというものでもありません。一つは、基本的に人やペットに無害なものとはいえ、環境中に薬剤を散布するリスクはやはりゼロではありません。ベイトに練り込まれている駆虫薬は養殖魚の駆虫にも使われるもので危険な劇物ではありませんが、ごく稀に副作用がでることが確認されています。もし飼い犬を散歩中にペットがベイトを食べたりしたら、確率は低いとはいえ副作用がでるかもしれないとなると、飼い主はやはり心配に思うものです。さらにリスク評価を掘り下げると、例えばもしも北海道でエキノコックスの撲滅に成功したとして、今度はエキノコックスのほうがまだマシだった!と思うような別の何かが入ってくるかもしれません。一つの種がいなくなることによる生態系バランスへの影響ははかりしれず、まさにリスク評価不能ともいえます。最後の例は少し大袈裟かもしれませんが、このようにリスクは他のリスクとのトレードオフであることを念頭において管理する必要があります。
エキノコックス研究の専門家は、札幌市全域にばらまくような広範囲な散布ではなく「小面積散布」を推奨しています。狙ったエリアに集中的に散布する作戦です。環境への影響を最小限に、経済的にもリーズナブルな運用ということで、これもリスク管理のひとつといえます。
人間側の問題もある
都市ギツネを害獣として忌避する人もいれば、一方で可愛いからと餌をやる人もいます。「わかっちゃいるけどやめられない」層もいますが、夏は痩せて見えるので「かわいそう」という正義感から餌をやる人もいるようです。キツネに餌付けをすることの弊害は複数ありますが、エキノコックスについて言えば、餌付けによる人馴れによって、キツネから人への感染リスクが増大することです。 ※ 餌付けの弊害についての詳細は記事冒頭の動画またはこちらの記事をご覧ください。
解決はしないので納得解を探す
餌付け人の行動をリスクガバナンスに当てはめて考えると、「キツネが飢えて死ぬかもしれない」リスクを、「将来、自分がエキノコックスにかかる」リスクより大きく見積もった結果、餌をやるという行動を選択したことになります。しかし、実際にはそこまで突き詰めたわけではないかもしれません。餌付け人にかぎらず、私たちが普段の生活のなかで自分にとってのリスクの順序を意識することはあまりないのではないでしょうか。しかし、今回とりあげた獣害問題をはじめ、世の中の困りごとの多くは、ただ一つの正解のない問題です。そうした世界でリスクを上手に避けたり小さくしたりするためには、「どちらがマシか」「これだけは避けたい」といった自分にとっての価値を意識し、うまくリスク選択していく必要がありそうです。