実践+発信

「政策過程における科学的情報の利用:共同事実確認」/926 松浦正浩先生の講義レポート

2012.10.9

科学的根拠に基づく政策選択は可能か

近年、科学的根拠に基づいた政策が注目を浴びるようになってきています。科学的根拠は、一見唯一無二の客観的な答えを与えてくれるかのように聞こえますが、実際にはモデル、外生値の設定、推計値、評価、判断など、何種類もの恣意性が含まれています。したがって、近視眼的な「科学的根拠に基づく政策選択」には問題があるのです。また、科学的情報を政策形成過程に接続するにあたっては、科学以外の多様な要素によって構成される「政策空間」を考慮しなければなりません。
一方、専門家が政策決定に関与することで、問題が整理されるどころかむしろ混乱を深めてしまうこともあります。これは、専門家・科学者のコミュニティ内部にそもそも対立・矛盾がある(=対立的科学)のに加え、それぞれの専門家・科学者が異なるステークホルダーに対して代弁、支援を行う(=弁護的科学)という状況が原因となっています。つまり、専門家による議論で「正解」は出ないのです。
おりしも、2011年3月の東日本大震災をきっかけに科学に対する信頼が大きく低下してしまった昨今ですが、それ以前から、科学的情報に基づいた合意形成の困難は指摘されていたのです。
共同事実確認の必要性
そこで、科学的分析の戦略的利用としての「共同事実確認」の必要性が注目されるようになってきました。共同事実確認では、そもそもの合意形成の前提条件を整理します。まず、「正しい科学的知見」が複数存在しては、対話が成立しません。また、利害関係が前提条件とモデルの設定に影響している(客観的ではない)ことを自覚しなければなりません。また、科学的分析の前提となる諸条件とモデル、感度分析を明らかにし、「妥当性」を見極めなければならないのです。
解決策としての共同事実確認
共同事実確認の進め方は、次の通りです。

1)協議会の中で、検討事項、必要とされる知識を整理

2)第三者が、共同事実確認に参加する科学者、技術者を推薦

3)協議会としてその科学者、技術者への協力依頼を決定

4)対立の状況によっては、対立する結論を出している科学者、技術者を招き、科学者を含む第三者の支援の下、前提条件やモデルについて詳しい説明を求める場として設定することもある。

共同事実確認にアドバイザーとして関わる科学者、技術者の要件として、「直接の利害関係が無いこと」「誰にでも分かりやすく説明する能力、やる気があること」が挙げられます。
共同事実確認の事例紹介
海外の事例として、カリフォルニア州サンホゼ市のGuadalupe川の拡幅に関する紛争など、また、日本での事例として、茨城県の洋上風力発電立地に関する円卓会議が挙げられました。

さらに、共同事実確認に関する国内の動きとしては、資源エネルギー庁の「平成24年度原子力発電施設広聴・広報等事業(放射性廃棄物地層処分事業に関する双方向型シンポジウム(共同事実確認方式)の開催」、東大ビジョンセンターの原子力施設の地震・津波リスクおよび放射線の健康リスクに関する市民のための熟議の社会実験研究が挙げられました。
科学と社会の関係が複雑化する現代において、「共同事実確認」という手法の可能性の大きさを感じさせる講義でした。