実践+発信

てくてく、原子力原子力工学の研究者に聞く、科学技術の「良い」「悪い」境界線

2025.12.13

「てくてく、原子力」シリーズは、CoSTEPなりに今の原子力と社会の関係を探ります。

2024年度の対話の場の創造実習は、「科学をあるく」という展示を企画しました。そこでテーマにしたのが悪い技術ってあるの?ということ。原子力技術は戦争にも、医療にも、エネルギーにも使われる技術です。良い科学技術、悪い科学技術の境界線はどこでしょう。

中島宏さんは原子力工学の研究者。中島さんからみて、科学技術の「良い」「悪い」の境界線ってありますか?

お話をうかがった中島さん

<プロフィール>

中島 宏(なかしま ひろし)

北海道大学大学院工学研究院原子力安全先端研究・教育センター(CAREN)副センター長・特任教授

研究分野:原子力工学(放射線遮蔽工学)

趣味:旅行、B級グルメ、スポーツ観戦

――まずは、中島先生の研究内容について教えてください。

私は放射線がどのように動くかを調べる研究をずっとしてきました。放射能の根本的な性質を調べるという、どちらかといえば基礎研究にあたります。たとえば原子力発電所で放射線が出ますよね。その放射線が原子炉の中や建物の中、それからその外にどのように出ていくのかといった、放射線の動きを計算・解析するという研究をしていました。こうした研究成果は、原子炉の設計の他、医療用に患者さんの診断・治療に使用する場合、どのように放射線を制御すれば良いかなどの計算に使われています。

また、放射線の研究を通して、原子力の分野で様々な研究者との交流ができたので、その人たちと協力して、原子力がどのように人の役に立っているかをみなさんに伝え、それらに関わる人材を育成する仕事に今は関わっています。

――今、原子力が役に立っているというお話がありましたが、原子力の主な応用として原子力発電があるかと思います。他のエネルギーと比べた場合、原子力エネルギーはどのように優れているのでしょうか。

非常にエネルギー効率がよいのが原子力の特徴です。今、我々が知っている限りでは、原子力エネルギーが最も効率がよい発電方法なんですね。また、二酸化炭素を排出しないので、環境問題に対しても有効です。日本では太陽光発電などの再生エネルギーもかなり努力をして進められていますが、再生エネルギーは非常に不安定なので、原子力発電の代替となるレベルにはまだ至っていないと思います。

――原子力発電のリスクについては、どのような考えをお持ちですか。

原子力は非常に小さなところから膨大なエネルギーが生まれるので、ひとたび扱いを間違えるととんでもないことになるというのは、みなさんもご存知の通りです。そのため、いかに安全に原子力を扱うかが重要になります。ただ、原子力だけでなく色々なものにはリスクが付きものです。ですので、リスクと便利さをどのように折り合いをつけていくかがポイントだと思っています。

また、原子力エネルギーの利用による経済的なメリットもあります。日本では多くの原子力発電所が止まっていますが、その分、各家庭でエネルギーに余分に払わなければならないお金がおよそ年間20万円ほどになるんですね。原子力への恐怖と、原子力発電による経済的効果を比較した場合、どちらを優先したいと感じるでしょうか。

また、原子力の事故率は非常に低いんですよね。でも原子力の事故は、ひとたび起こると甚大かつ長期にわたる影響をもたらしますし、あとはセンセーショナルに報道されるので、余計人々が恐怖を感じやすいんじゃないかと思います。その恐怖とどのように向き合っていくかが課題だと思います。

――私たちが原子力について学びたいと思っても、安全性などの正の側面が出てくることが多く、負の側面について専門家の方から聞く機会は少ないように思われます。原子力の負の側面について、教えていただけますか。

僕の立場からすると、それは逆だと感じています。原子力についてみなさんが最初に教えられるのは原子力の事故という負の側面です。もっと科学的に、原子力ってどんなものなのか、放射線の放射能ってどんなものなのかを教える機会をもっと作ってほしいなと思っています。

たとえば放射線についていえば、放射能がすごく身近なものだということを皆さんにもっと知ってほしいなと思っています。この場所だって放射能はあるし、みんなも放射能を持っています。どこにでも放射能があることを認識した上で、では一体どれくらいの量なら危ないのかという定量的な感覚を持ってほしいなと。そうしたことを知ると、放射能に対する考え方が変わってくるのではないかという気がします。

――原子力の事故の確率は非常に少ないというお話が出ていましたが、2011年には東北大震災による福島第一原発の事故が起きてしまいました。あのような原発事故は、防ぐことはできなかったんでしょうか。

あの事故は、自然災害が人の予想を上回ってしまったことで起きたものでした。そのため、ある意味では仕方のないものだったと言えるかもしれません。あの事故について何が問題だったかについては、色々な考え方があると思います。ひとつには、あのような事故が起こった時に、いかに避難するかに関する対策が十分ではなかったことがあるかと思います。それについては、東京電力だけでなく、周りの地方自治体や、日本政府も共同で、事故を想定した対策をあらかじめ考えておく必要があったかもしれません。だから、事故に対する強靭性というか体制、たとえばどう避難するかといったことを考えることも必要だと思います。

――そのほかには、どのような対策がとられているのでしょうか。

福島第一原発事故の後で、原子力の安全を管理する仕組みが変わりました。もともと原子力保安院という政府組織が経済産業省の下にあったんですが、原子力を推進する側に安全を考える組織が置かれていると、安全よりも原発を作るほうが優先されてしまいかねない恐れがあるということで、経済産業省ではなく環境省の下に原子力規制庁が設置されました。そこが今は原子力に関する法律を作るなどして、安全のための規制を行なっています。

また、原子力発電所の外に「オフサイトセンター(正式名称:緊急事態応急対策拠点施設)」という、原子力事故や緊急事態が起きたときに、関係者が集まり、安全確保のための緊急対策などについて話し合うための場所があります。オフサイトセンターは以前からあったんですが、福島第一原発事故のときは、オフサイトセンターが原発からあまりに近かったために、機能しませんでした。そこで、オフサイトセンターをさらに離れたところに設置し、状況をより的確に把握し、その対応を行う施設を作りました。

さらに、原子力発電所を作るときには、地方自治体も災害時の避難計画を作ることが法律で義務付けられています。

――中島先生にとって、科学技術の「良い」「悪い」の境界線はどこにありますか。

みんなで話し合って決めていくしかないと僕は思っています。科学技術によるメリットを受ける人、デメリットを受ける人たちができるだけ多く集まって、どこまで使うべきかということを相談して決めていくのがいいと思います。ただ、全員の合意が得られることは絶対にない。どこかで妥協して、決断をしなければならない。最終的には政治がその役割を担うと思っています。だけど、政治家が判断するまでに、極力多くの人の意見を集めてくることが大事なんじゃないかなと思います。

取材:19期対話の場の創造実習

記事:桜木真理子(19期対話の場の創造実習)

本取材から生まれた展示「科学をあるく」の開催記事はこちら

本コンテンツは未来社会に向けた先進的原子力教育コンソーシアム[ANEC]と連携で作成しています。