実践+発信

てくてく、原子力リスクコミュニケーション視点から聞く、原子力

2026.2.18

「てくてく、原子力」シリーズは、CoSTEPなりに今の原子力と社会の関係を探ります。

2024年度の対話の場の創造実習は、「科学をあるく」という展示を企画しました。そこでテーマにしたのが悪い技術ってあるの?ということ。原子力技術は戦争にも、医療にも、エネルギーにも使われる技術です。良い科学技術、悪い科学技術の境界線はどこでしょう。

吉田省子さんはリスクコミュニケーションの研究者。吉田さんからみて私たちはどのようにリスクある科学技術を利用するべきなのでしょうか。

お話をうかがった吉田さん

<プロフィール>

吉田省子(よしだ せいこ)

北海道大学大学院農学研究院 客員准教授

専門:物理学、科学史、科学技術社会論

趣味:積読、数独、アルゲリッチ

――吉田先生は、科学が持つリスクについて、研究者と市民が情報交換や対話をおこなう「リスクコミュニケーション」の実践に取り組み、これまでも遺伝子組み換えやBSE、放射能と食といった、さまざまなトピックに関して、市民と研究者、行政などが意見交換を行う対話の場にファシリテーター(会議などの話し合いの場で、中立的に議論の進行を助けたり、意見をまとめたりする役割を担う人のこと)として関わってこられました。リスクコミュニケーションにおける「リスク」には、どのようなものがあるのでしょうか。

「リスク」と言われるものには、様々な性格のものがごちゃ混ぜになっています。現場で感じたのは、既知の食品および健康リスクや交通事故などのような一般的なリスクの他に、「複雑性」の問題としてのリスク(科学的知見は確実だが、評価や管理が難しいもの)と「不確実性」の問題としてのリスク(科学的知見や評価に不確実性が高いもの)、多義性や無知といった問題も含まれていたことでした。そのため、まずはある問題に関するリスクと言っているものの性格を見極めながら場を作ることが大事になってきます。

また、リスクコミュニケーションの機能も多岐にわたります。もっとも単純なのは、企業や科学者からの情報提供。また、一部の人々にとっての問題が他の人々に知られていない場合に、その問題を認識してもらうためのリスクコミュニケーションもあります。さらに、ではどのようにその課題を今後共有していこうか、どのように何とかして解決してゆけばよいかを討論したり議論したりするものまであります。

――北海道では過去にどのようなリスクコミュニケーションが行われてきたのでしょうか。

ひとつの例は、遺伝子組み換え作物の栽培に関するリスクコミュニケーションです。2003年に、札幌市の郊外で、遺伝子組み換え作物の試験栽培が開始され、札幌や北海道だけでなく全国で大きな問題になりました。それを受けて、北海道民による議論の場が北海道庁の主導で設けられました。

このとき、市民が参加して決めたガイドラインの中では、試験栽培までを規制するという非常に強いものが出ましたが、最終的には、基礎研究を阻害してはならない、商業栽培に関してはガイドライン通りでいいという形になりました。不安だからという理由で基礎研究までを規制することはできないということになったようです。ただしその後、北海道内での遺伝子組み換え植物の栽培についての条例ができ、現在にいたるまで遺伝子組み換え作物の商業栽培は行われていません。

――専門家と市民の間には、どのようなギャップが見出されるのでしょうか。

条例ができ北海道GMコンセンサス会議(2006~07年)の頃までの様々な説明会や対話の場では、科学サイドや産業サイドは、遺伝子組み換えは安全で、栽培しても大丈夫だと主張しました。けれども懸念する市民側は、そのように言われても不安や不信をつのらせるだけでした。科学的に安全だからといっても、「安心」にはつながりませんでした。「安心」がどこから生じるのかということも考えなければならない、と思ったものです。

科学者や産業の関係者が、「安全だから分かってください」という形でコミュニケーションをすると、彼らと市民の間に分断ができて、解決から程遠くなってしまいます。

よく起こってしまうのは、「市民が不安に感じるのは彼らに知識がないからで、勉強をすれば不安が解消するだろう」という考え方から、市民を啓蒙しようとすることです。でも、勉強すればするほど「これは危ないな」と感じることもあります。もちろん、知識を得ること自体が悪いわけではありません。暮らしている者の視点に立ちつつ、知識を得て、自分の立場を表明することは、未来のことを考えるなら悪いことではないですよね。そういった意味では市民が勉強をすることにも意味はあると思いますが、主催者側が「正しい」知識を教えて納得させようとするのは押し付けになってしまいます。

――ファシリテーターをするときには、どのようなことに気を付けていますか。

実践から得たものとしてリスクコミュニケーションにおいて留意しなければならない7つの覚書があります。ここでは4つ紹介します。1つめは、リスクコミュニケーションの目的は多様であり、説得ではないということ。2つめは、イベントは参加者に合わせて柔軟に作っていくこと、つまりお仕着せにならないようにすることです。3つめは、リスクコミュニケーションには権力が関わるものなので、それによって誰かを傷つけないように注意すること。4つめが、誰が、何をどのように使えるのかという文脈次第で言葉の意味が変わることに注意することです。逆に言えば、主催者側は、参加者が特定の文脈で参加者が語ったことを別の文脈にすり替えたりすべきではありません。

実践をもとにした経験からファシリテーターとして重要だと思うのは、その場に参加した人と一緒のところ、あるいはその横に立つ、同じ目線に立つことです。ファシリテーターがもし主催側の意向や開発側企業の方を向いていたとしたら、市民に信頼してもらえません。対話の場をつくるときには、参加してこられた方と同じ目線で一緒に考えていかなければ、上から目線だなと思われるかもしれません。だから、「一緒に考えてみませんか?」という姿勢があるかどうかで出てくるものが違ってきます。

リスクの受け止めかたは十人十色です。だからこそ、正しい方向に導こうという気持ちは捨てなければなりません。「正しいって何だろう」ということをみんなで考えていくことが重要です。1回だけでなく、何度も話し合いを続けていくことで、見えてくるものがあるということを私たちは実践で大事にしています。誘導したり、考えを押し付けたりしないよう気を付けています。

――科学技術が人を傷つけてしまいわないようにするには、誰が何をすべきでしょうか。

科学者個人としてならば、自分の研究や開発した技術がどのように使われていくのかに関して、常にアンテナを立てていなくちゃいけないと思っています。自分たちが行っている科学研究がどのような意味合いを持つのかをしっかりと考えておいてほしいなと。

ただ、これは科学者だけではなく、企業や国、市民がかかわる問題でもあります。さまざまな分野の人々が情報共有しながら、きちっとした法制度を作ることが必要ですし、市民がどのように科学技術を受け止めるのかをキャッチすることも重要です。そのためには、市民の意見を受け止めるような機関や組織があるべきです。

科学者のコミュニティも、すでにある研究倫理規範にしたがって研究をしているので、それがちゃんと機能している限りは大丈夫だと思います。ただ、科学技術が国によって軍事目的に利用される可能性もあって、もしかすると国が研究倫理を押し切ってしまうかもしれない。これに関しては、科学者がどれだけ独立性を保てるかという課題にかかわると思います。

――専門家がリスクに対して果たすべき役割とは何でしょうか。

専門家や研究者は怖がらずにリスクの問題に関して発言すべきだと思います。研究者が、リスクや意思決定の問題は自分とは関係ないからそっちでやってくれよという姿勢を取るのは違うのではないかと。研究者もやっぱりそうした問題に関係あると思います。だから、積極的に発言してもらいたいとサイエンスサイドに対して思うし、あとSTS(科学技術社会論)などの分野の方に対しても思います。

取材:19期対話の場の創造実習

記事:桜木真理子、動画編集 佐藤太生(19期対話の場の創造実習)

本取材から生まれた展示「科学をあるく」の開催記事はこちら

本コンテンツは未来社会に向けた先進的原子力教育コンソーシアム[ANEC]と連携で作成しています。