CoSTEPが創設10年目を迎えることを記念して、7月5日に記念フォーラム「10年目のCoSTEPと科学技術コミュニケーション」を開催しました。青空が広がる爽やかな日を迎え、会場となった理学部大講堂には150人を越える修了生、現役受講生、そしてこれまでご協力いただいた学内外の先生、市民の方々にお越しいただきました。最初にCoSTEP初代代表の杉山滋郎先生の記念講演があり、先生が最近取り組んでいる中谷宇吉郎博士を対象とした科学史研究の成果と、そこから得た科学技術コミュニケーションへの示唆についてのお話がありました。次に、各分野で活躍される4名の修了生から活動報告をいただき、この10年の科学技術コミュニケーションの展開をふりかえり、将来を展望する有意義な議論の場を持つことができました。当日の様子を一部ご紹介します。
記念講演「このごろ思うこと」
杉山滋郎先生(CoSTEP初代代表・北海道大学特任教授)
今年の春、東京の紀尾井町にある「公益財団法人日本農業研究所」を訪問し、ある貴重な資料を譲り受けた杉山先生。その資料とは、手書きの「武見太郎へのインタビューメモ」で、そこに中谷宇吉郎についての記述がありました。杉山先生はそのメモの内容を詳しく解説しながら、科学者「中谷宇吉郎」の人間像に迫っていきました。
随所に中谷の知られざる一面も紹介しながら講演が静かに進みます。そして、終盤にさしかけたころ「科学者の発言はいかにあるべきか?」という問いを会場になげかけました。そして次第に「このごろ思うこと」という講演タイトルにつながっていきます。
“ 中谷はまさに時代と共に懸命に生きようとしたのではないか?でも中谷だけが特別な科学者だったわけではなく、現代を生きる科学者もみな時代と共に生きているはずです。詳しくは紹介できませんでしたが、もちろん中谷には彼なりの一貫した筋が通った意志・考えがありました。(中略)なのに中谷といえば「雪は天から送られた手紙である」という言葉にも代表される、雪の結晶研究しか知られていません。なぜか?その理由は、後世の人たちがそれしか伝えてこなかったからです。そして、それを受け取る市民(読者)も、自分たちのイメージに合う科学者像を彼に求めようとしました。
翻って科学技術コミュニケーションの話もしましょう。科学者や科学の営みを世の中に伝えようとしたとき、「自然界の謎を解き明かす科学者」だけではなく、「社会と関わりをもつ科学者」という面も取り上げるべきではないか…。そんなことをこのごろ思っています。”
杉山先生のもう一つの専門は「科学史」です。丁寧で緻密な取材をもとにしたお話と科学史家である杉山先生へ、会場から大きな拍手が送られました。
各方面で活躍する修了生による話題提供
「社会の中の科学を伝える」
齋藤有香さん(毎日新聞科学環境部 記者)
2011年に東日本大震災を経験した齋藤さんは、千葉県内の広い範囲で確認された液状化被害を取材しました。「1987年の千葉県東方沖地震後に、地盤が再び液状化する“再液状化”の危険性を訴え続けていたが、取り合ってもらえなかった。」と漏らした研究者の言葉が心に残っているそうです。平常時に災害に備えて警鐘を打ち鳴らすことの難しさと重要性を身をもって感じたそうです。
「サイエンスコミュニケーターの活躍の場をデザイン」
中村景子さん((株)スペースタイム代表取締役社長)
2006年3月、CoSTEP第1期を修了した中村さんは「自分は本当に科学技術コミュニケーターと名乗ってもいいのか?」「科学技術コミュニケーションはこの先社会に広まっていくのだろうか?」…という不安を抱えてしまったそうです。その2つの不安を取り除いていくための孤軍奮闘ぶりが紹介されました。科学技術コミュニケーションを次世代の人たちがしっかり担うまでのつなぎ役なら、挑戦できるかもしれないと考えた中村さん。持続可能な仕組みをつくりたい、マネージメントの力をつけたい、雇用を増やしたい、という強い希望が原動力となり、次々と仕事の幅を広げているそうです。たった1人でスタートさせた活動は、今では7名のスタッフを抱える会社へと成長しました。
「文系研究者の(サイエンス)コミュニケーション」
定池祐季さん(東京大学大学院情報学環特任助教)
3.11の直後に北大理学部に着任した定池さんは、自身の経歴や専門性からメディアで発言する機会が急増したそうです。大学の研究成果をわかりやすく発信(アウトリーチ)するだけでなく、市民のニーズ(不安や恐怖といった感情)をくみ取ったうえでの情報発信が求められていると痛感したといいます。さらに、地震メカニズムなどの基礎研究や防災研究だけではなく、「災害」に関わる研究者を育てる環境の不足を訴えました。
「科学技術×こ(ども)×ミュージック」
奥村政佳さん(アカペラボーカルグループ RAGFAIR・気象予報士・防災士・保育士)
最近依頼を受けた仕事に「環境バラエティー」というトークイベントがあったという奥村さん。その内容とは、トークやJazzの合間に「IPCCの5次レポート」について解説してほしいというものでした。ストレートに「IPCCの5次レポートの解説ショー」とアナウンスしたらほとんどの若者に関心を持ってもらえなかったかもしれません。しかし音楽の力を借りて、とにかく人を集めて椅子に座ってもらいます。すると、専門的で難しい話であるにもかかわらず、会場のお客さんはしっかり聞いてみようという気になります。アウトリーチとは「会うとリーチ」とも言えるのではないか、と直感した奥村さん。音楽と科学技術コミュニケーションの合わせ技の効果を実感したそうです。
修了生によるパネルディスカッション
進行は栃内新先生(理学研究院特任教授)と大津珠子(CoSTEP特任准教授)がつとめ、冒頭で、杉山先生に、4名の修了生の話題提供を聞き終えた感想を求めました。「4名とも、それぞれ特徴ある現場で苦労しながら活躍されている様子を知ることができました。CoSTEPを修了されてから、ご自身の努力で道を切り拓いていったのだと思いますが、(そのきっかけはCoSTEPにもあったのかもしれないと思うと)9年間CoSTEPを続けて良かったと思いました。」
プログラムの都合上、ディスカッションのために十分な時間を確保することができませんでした。修了生のみなさんの言葉を一言ずつ紹介します。
定池さん:「CoSTEPは出会いの場です。人とのつながりや機会を大切にしながら、これからの活動を展開していきたいと思います。」斎藤さん:「新聞記者は、紙面に載せた記事を世に送り出すという一方通行的な発信をしがちです。でも、普段から読者の生の声に触れるよう努力したいと思います」奥村さん:「理科離れが進んでいるといわれて久しいのですが、やっぱり理科は大事です。理科が持つパワーをこどもたちに伝える活動をこれからも続けて行きたいと思います。」中村さん:「修了したときの不満足感を埋めるために今も実習を続けている気分です。でもそれは当たり前のことかもしれません。科学技術コミュニケーションは1年や2年で完結する分野ではないからです。これからも実践を通して学び続けたいと思います。」
また大講堂の外には、10年間の成果を展示した交流スペースが設けられ、参加者がドリンクを片手にCoSTEPでの学びをふり返るなど活発なやりとりがあちこちで生まれていました。
会場に集まって下さったみなさま、これまで CoSTEPの活動を支えて下さったみなさまに感謝いたします。ありがとうございました。(レポート:大津珠子・写真:中村健太さん)