下條朝也(選科B)
今回の講義では,科学ジャーナリズムの現場から教育までご経験なさった隈本邦彦先生(江戸川大学コミュニケーション学部教授)が,科学ジャーナリズムの役割とあり方について講義されました。
科学技術を誰が扱うべきか
かつては,科学は専門家のみに閉ざされていて,非専門家である市民には情報が開示されない仕組みがありました。しかし,公害問題をきっかけに,専門家への絶対視はなくなり,市民が積極的な関与を求めるようになりました。この変遷には,科学技術が市民の生活に大きな影響を与えるようになったことが背景として存在します。
専門家・市民間のギャップ
しかし,専門家と市民の間には大きく2つのギャップがあるために,上手く理解しあえずにいます。
ひとつは,現象を理解する観点の食い違いです。たとえば,山の湧き水と,下水を浄化高度処理水とを比較した場合,様々な尺度において後者の方がより清潔であるそうだ。しかし,高度処理水の方がより清潔であることを頭で理解できても,浄化前が汚い下水であるという先入観から,湧き水を飲みたいと思ってしまう「感覚的」な意見を重視する市民と,「論理的」な正しさを重視する専門家との差が,お互いの理解を妨げている可能性があります。
もうひとつは,情報の発信先と受信先の食い違いです。専門家は,自身が所属する専門的なコミュニティで研究成果を発信したいと考えているのに対し,市民は,テレビや新聞,ラジオといったマスメディアを経由して情報を得ようとします。そのため,市民は恣意性に基づいた情報や,吟味されていない情報を得る可能性があります。
(受講生からもたくさんの質問が出ました。)
ギャップを埋めるには?
これらのギャップを埋めるために,科学技術コミュニケーターという存在が必要となってきます。隈本先生は,良い科学技術コミュニケーターの素養として,専門家が発表した情報を鵜呑みにするのではなく,国や学術団体が保持しているデータに基づいて専門家の主張を吟味する癖や,原因と結果の逆転を見抜く能力の育成を挙げていました。因果関係の逆転に関しては,適切な実験または調査が行われているか,相関関係と混同していないか,交絡因子が存在しないか等に着目することで見抜くことができますが,現状,科学ジャーナリストの育成は体系的なものでなく,OJTによるものであるため[1],彼らが備える素養に個人差が見られる状況にあるそうです。
科学技術コミュニケーターという仕事が,専門家・市民から独立した立場にいて,両者の対話をサポートすることが最も望ましく思います。しかし,彼らは専門家に雇われていることが多く,その場合,専門家の主張に寄り添わざるを得ないそうです。そのため,市民の中に科学的な素養を持った人材が多数存在し,専門家からの情報を批判的に受け止めることができるコミュニティを目指すべきであると仰っていました。隈本先生,ありがとうございました。
[1]林 衛, 加藤 和人, 佐倉 統「なぜいま「科学コミュニケーション」なのか?——特集にあたって」(『遺伝:生物の科学』, 第59巻 第1号, 2005年, 30-34ページ)