著者:木村英紀 著
出版社:20090300
刊行年月:2009年3月
定価:850円
近年、日本の製造業には勢いがない。アップル社のiPodは大ヒット商品であるが、どうして日本のメーカーが売り出せなかったのか残念に感じている人は多いと思う。携帯電話製造の世界市場からの撤退、薄型テレビの韓国、台湾メーカーの躍進、太陽電池パネルの世界シェアの低下などなど・・・。また、こうした状況で日本の技術の将来に希望がないためか、若者の理工系離れが進んでいる。まだまだ、一部の技術分野は世界の最先端にあるが、円高などの経済的背景や産業のサービス化の影響で日本の製造業、ものづくりは、このままじりじりと衰退していくのか。本書では、その原因と処方箋を工学研究者の立場から述べ、特に「科学革命」という歴史の流れを軸として考察を進めている。本書を読むことで、日本のものづくり技術の問題点を歴史的観点から考えることができるのではないだろうか。
本書で著者は、まず「ものつくり」という大和言葉の中にある、日本人の天職であり、生きる道であり、誇りと捉える「ものつくり神話」を強く批判する。そこには、技術の歴史的な流れや社会の要請を的確に読み取る姿勢が見られないからだ。そして日本の中世から世界大戦での敗北を分析して、それが今日の製造業の衰退と重なると警鐘を鳴らす。読み進めるうちにものつくり神話に支えられた「匠の時代」から脱皮しなければならないと感じるはずだ。
その後世界は、1930年代、40年代の自然科学の応用の時代にとどまらない、社会・人間を巻き込んだ「システム」を中心に据えた時代となった。これを筆者は、「第3の科学革命」とよぶ。「第3の科学革命」は、技術を土台として論理を基礎に発展し、制御、ネットワーク、通信、意志決定、計算など人工物を対象とするものである。著者は、日本はこの「第3の科学革命」に対応できていないという。「理論」、「システム」、「ソフトウエア」が日本の3大弱点であることに、その事実が如実に現れている。筆者は、この「苦手科目」克服の一つに、大学の工学教育にメスを入れる必要があるとし、自然科学を基礎とする伝統的な工学と、技術が生み出した人工物に関する新しい工学の二輪構造を推進する工学教育の再編が必要であると提案する。本書は、古い工学教育を受けた私にとって、「理論」の重要性に改めて目を開かされた一冊であり、今後の理工系教育を応援したくなるものであった。
(2011年度選科生 寺岡広樹 三重県)