執筆者:道林 千晶(2015年度選科B)/タイトル「ひとりがうみだし、まえにすすみ、ひとがうごく」
「本当に自分の心が動いているものなのか」
このように、口コミやさくらさん自身、協力者の地道な努力により、その良さが多くの人に認知され、グッドデザイン賞を受賞したサクラカメラスリング。多数の協力が得られるのは非常にありがたいことではあるが、たくさんの協力を得る分、意見の板挟みになることもある。そんな中でも自分を見失わず、サクラカメラスリングを作り続けることができたのは、さくらさんなりの工夫があったからであろう。そこで、第三者からたくさんの意見をもらったときのバランスのとり方のコツを伺った。
異なる意見があるときに、さくらさんは意見の背景を考えるという。相手と自分は違う人生を歩んでいる。だからこそ、違う価値観がある。ありがたく意見として取り入れつつも、自分がいいと思う基準を元に判断する。例えば、デザインにも流行があるが、その流れに逆らっていたとしても自分の心が動いているデザインは、必ず誰かの手元にお嫁に行く。その一つ一つの積み重ねにより、自分を見失わず、また新たなものを作り出すことができる。基本は、「自分の心が動いた瞬間にシャッターを切る写真の撮り方」だそうだ。
「お客様とご縁があったサクラカメラスリングが役に立つことができて、少しでも写真を撮り続ける力になるといいなと思っています。」
生活でちょっと困ったな、ということがあったとき、(1)困っていると認識すること、(2)困難を改善しようと思うこと、(3)具体的な改善策を思いつくこと、(4)具現化することの4つのハードルを越えなくてはいけない。サクラカメラスリングが一般投票で上位にランクインした理由の一つは、「使い勝手とデザインを両立するカメラストラップは殆どないけど、そういうものだからしょうがない」と、カメラユーザーに共通の潜在的ニーズを認識し、顕在化したことにある。もう一つは、実際にグッドデザイン賞の会場やFacebook等のメディアでさくらさんの本製品に対する姿勢を感じることができたことだろう。
さくらさんの姿勢が分かる一例を挙げたい。グッドデザイン賞のブースは、開発者自らが立っていることが珍しい。そのような状況の中、さくらさんはグッドデザイン賞のブースに立って自らサクラカメラスリングの魅力を伝えていた。また、グッドデザイン賞受賞展の後に実施された日本橋三越での企画販売では、期間中毎日ブースに立っていたという。グッドデザイン賞のブースでも、三越のブースでも、さくらさんの昔からのお知り合いや、新規のお客さんがひっきりなしに訪れていた。常に前に進もうとするさくらさんのエネルギーや、製品への愛情、真剣な姿勢が、自然と人を引き寄せているのである。この、常に前に進む姿勢こそが、みんなが「実は欲しかった」サクラカメラスリングを創り出し、グッドデザイン賞の一般投票で上位にランクインされるほど製品を成長させた一番の鍵なのかもしれない。
(グッドデザイン賞受賞展で来場者に説明する、さくらさん)
(日本橋三越での企画販売の様子)
今回、さくらさんを取材して強く感じたことがある。彼女の前向きで力強い姿勢は、なにもものづくりに限ったことではなく、科学技術コミュニケーターにも通ずるということである。新たな科学技術コミュニケーションの形をデザインする中で、さくらさんのような積極的な姿勢と情熱を積み重ねていけば、密度の濃い対話の場の醸成につながり、これまで以上に科学が身近な社会が実現するのではないだろうか。
(サクラカメラスリングの販売化を提案した菊池美範さん(左)とさくらさん(右)。
グッドデザイン賞の展示の最終日に菊池さんはさくらさんをねぎらいにいらっしゃっていた)
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