大津 恵実(2018年度 本科/学生)
今回は、北海道大学創生研究機構特任助教の岡田真弓先生による「歴史遺産をめぐる多様な声―過去にまつわる今日的課題」という講義でした。
歴史遺産と現代社会へのまなざし
岡田先生が始めにお話しされたのは、歴史遺産と現代社会の関係性についてです。歴史遺産は大きく文化財と文化遺産に分けられます。文化財は法律用語であり、日本では文化財保護法が規定している「貴重な国民的財産」とされています。日本の場合、文化財に指定・登録されたものが世界遺産候補としてユネスコに推薦されるので、法律や国が規定した文化財の一部が世界遺産になっていくことになります。対して文化遺産はより広い意味を持っています。法律に規定されるものではなく、人々が自分たちのルーツやアイデンティティを感じる、あるいは地域の象徴や誇りを感じるものならば創造可能なものです。
主に研究者が「ある時代の変化や歴史を理解するためのあらゆるモノ・コト」を見つけ出して、それがどのようなモノなのか、どのような価値があるのかを考察しながら、学術的に、経済的に、社会的に使えるように加工していくことを〈文化資源化〉と言います。したがって、あるモノやコトに文化財や文化遺産という概念を与えることも文化資源化と言えます。そしてそのように名前が付けられ新しい価値が見出されることによって、国家の象徴や装置となったり、経済活動のために必要となったり、個人や民族などのアイデンティティや記憶にとってかけがえのないものになるというような、新しい役割を担うこともあるのです。
パブリック考古学とサイエンス・コミュニケーションとの共通項
私は考古学というと、遺跡を発掘して、過去のことを調べるというようなイメージがありましたが、今回岡田先生がお話してくださったパブリック考古学は少し異なっていました。パブリック考古学とは、現代の人々が過去をどのように認識しているか、考古学の成果は現代とどのように関連があり、どのような軋轢を持っているかということを明らかにする学問です。また、その軋轢を実践を通して解消していく試みもなされています。その実践において、教育的アプローチや広報的アプローチが重視されているため、パブリック考古学とサイエンス・コミュニケーションは非常に共通性が高いのではないかと岡田先生は指摘されていました。
考古学にはなぜ市民の理解とサポートが必要なのか
考古学には市民の理解とサポートが必要である、その理由を以下の3点で説明されていました。1点目として、発掘調査や埋蔵文化財の保管・管理はほぼ公金で行われているため、考古学者は研究成果を積極的に社会還元する必要があることが挙げられていました。文化財も保護するだけではなく、観光資源やまちづくりに活用されるべきであるという議論がなされてきています。
2点目は、考古学者は「過去」に対して価値づけをする利害関係者の一人にすぎないのではないかという理由からです。考古学者は発掘によって遺跡の範囲を特定し、その考古学的な価値を考察していますが、例えば市民、行政、企業などによって経済的価値や審美的価値、宗教的価値といったその他の価値が見出される場合もあります。考古学者以外の人たちが抱いている場所に対する思いをどのように汲み取っていけば、遺跡という場所を多くの人が共感できる歴史遺産にしていけるのかということを考えていく必要があります。
3点目は歴史学や考古学を含む人類学は「わたしたちとは誰か」といった根源的な問いに関わっているためです。すなわち現代的な問題とも関連が深い集団の象徴やアイデンティティとも結びつく可能性があります。したがって、現在何が起きているか、現代の人たちがどのように過去を見ているかという点を把握した上で社会還元を考えていくことが求められるのです。また、実際に遺跡が国家や植民地支配の正当性を示すために使われてきたという歴史があるという点も看過してはなりません。
歴史遺産をめぐる多様な声
歴史遺産をめぐっては、国家、市場、資源化、個人・集団の記憶というように多様な立場のステークホルダーが存在し、立場によってその価値は異なります。例えば各国における先住民族と研究者との間では、先住民族の遺骨や副葬品を研究資源化してきたことによる軋轢が現在も存在しています。多様なステークホルダー同士が話し合いを続けていかない限り両者の溝は埋まらないという言葉が心に残りました。
そして最後は、パブリック考古者、文化遺産研究者あるいは人文社会コミュニケーターの心得として、現代の社会と上手くコミュニケーションをとり、そこにある課題や問題点をきちんと把握すること、そしてそれらの解決のためにはどのような具体的な行動をしていく必要があるのかを提言していかなければならないとまとめられていました。
講義を終えて
人文社会の領域でも研究者と市民をつなげる学問や取り組みが広がってきているというのは興味深かったです。サイエンス・コミュニケーターに求められる役割との類似性はありますが、考古学が関わる国家や土地の歴史や人間のアイデンティティに関わる重みを感じました。
また、岡田先生が紹介してくださった世界中の色々な遺跡めぐる軋轢のお話を聞いて、多様な価値観を理解しようとするということは、今まで自分とは関係ないと目を背けていた現実に向き合うことでもあると気づかされました。自分が当たり前だと思っていたこと、自分のアイデンティティや存在基盤そのものを疑いながら、今後も学び続けていく勇気を持ち続けていこうと思います。
岡田先生どうもありがとうございました。