著者:東京大学海洋研究所DOBIS編集委員会 編 著
出版社:20060700
刊行年月:2006年7月
定価:1575円
海洋は地球表面の7割を占めています。広遠な眺望と深い海の色には芸術家ならずとも、ロマンを感じるのではないでしょうか。しかし現実には、世界中の海が病んでいます。
海の豊かな恵みを維持していくには、海が「健康」でなければなりません。そのためには、海の汚染の現状や異常気象と海洋環境の関係など、海がどのような状況にあるか、多くのことを知る必要があります。
2000年から5年間、東京大学海洋研究所を中心に全国的な大型研究プロジェクトが実施されました。「ドービス」という、カッコイイ、迫力ある名のプロジェクトです。*1 本書はそのプロジェクトの成果の一つです。塚本勝巳教授(東京大学海洋研究所)を監修者に、専門分野が異なる30名余りの研究者たちが分担して執筆しています。
100種類の危機を取り上げているかのような書名ですが、実は、海の環境にまつわる100のトピックスが「生態系、海の環境、社会的な取り組み」という3部に分けられ、見開き2頁ごとに一つのトピックというスタイルで構成されています。
本書が重視する環境悪化の原因の一つは、海水温の上昇です。それがストレスとなって、サンゴの大量死や白化現象が進行します。微生物が増殖し、さらには病原菌が生存できる可能性も高くなります。直径2m、重さ約200kgの巨大クラゲが日本周辺に押し寄せ、深刻な漁業被害をもたらすなど、私たちの食生活を支える様々な水産資源が変調をきたしていることも、海水温の上昇による現象だと著者たちは論じています。
そして、人間活動も環境悪化の原因であると指摘しています。たとえば「食べ物を遠く海外から運んでくる」こと自体、環境問題を誘発します。船舶は安定航行のために海水を使って重量調節をしており、荷積みのときは海水を排出し、荷降しのときは汲むようにしています。バラスト水と呼ばれる、その海水が船舶とともに移動する結果、水生生物も一緒に運ばれてしまい、生態系が攪乱されるのです。
その上、深海の調査・研究が進むにつれ、汚染が地球規模で拡大していることがわかってきました。2000mを超える深海底に汚染物質が蓄積していることが明らかになっており、日本の近海でも有機塩素系、有機スズ系化合物が深海生物から検出されています。深海底を汚染するそれらの物質の大半は人間活動に起因するものであり、やがては食物連鎖による人間への影響も危惧されます。
また水族館や動物園で子どもたちに人気の生き物が、自然界ではどんな境遇にあるのでしょう。北極の氷が激減して将来が危ういホッキョクグマ、生育環境が悪化しつつあるカメやアザラシ、南極の棚氷が崩壊して苦境に陥っているペンギンなどが紹介されています。
環境の危機に関した話題ばかりではなく、オモシロイ生きものも登場します。たとえば、省エネぎみに漂っているかのような微生物の一種は、1秒間に自分の大きさの50倍もの距離を遊泳します。身長160cmのヒトに置き換えると、秒速8,000メートルで移動するに等しいのです。
この本には眼を惹くカラー写真はありません。でも、「エルニーニュ」など難しそうな物理現象を、分かりやすく「見せる」工夫がなされていることが大きな魅力です。43点のイラストに登場するキャラクターは表情豊かで、セリフも親しみやすく、紙芝居にして小学生に見せたいほどです。幅広い年代、多様な立場の人たちのコミュニケーションを結ぶ1冊と期待されます。
成田優美(2006年度CoSTEP本科生,札幌市)