永田泰江 (2023年度対話の場の創造実習/社会人)
(アートを通したサイエンスコミュニケーションの実践を行う朴先生)
7月に入り、CoSTEPの授業もモジュール2:表現とコミュニケーションの手法に入りました。モジュール1では科学技術コミュニケーションの概論について学んできましたが、モジュール2は実践編です。今回のモジュール2のテーマは「実践入門」。講師は、朴炫貞先生(北海道大学CoSTEP 特任講師)です。朴先生の専門はアート。アートを通したサイエンスコミュニケーションについて、数多くの現代アート作品や朴先生ご自身の作品を例にご講義いただきました。
OPEN WORK 実践とは?
《てんてんまる》。最初にスクリーンに登場したのは、朴先生のドーナツに「゛」や「゜」がついている作品でした。日本語で使われている「゛」や「゜」といった記号が朴先生にはとても興味深く、「いろんなものにつけたら面白いかも」という発想から生まれた作品です。
次は、あるものを単独あるいは複数で、色々な角度、並べ方で撮影された写真です。見たことのない形に見えましたが、実は、普段何気なく使っている紙コップをいろいろな角度からとらえたものでした。視点が変化することで、日常で見慣れた物も、いかにその形、見た目、性質、面白みを知らないことに気づかされます。朴先生の実践のイメージは、このいかに知らないかと言うこと気づく「Ex-formation」にも通じるものがあると語っています。
そして、「自分が想像している実践のイメージを踏まえ、実践をコップに見立てて、コップを描いてみるように」という課題とともに小さな白い紙が手渡されました。どのようなコップでどのようなものを入れるか、考えること、表現することに、実践の糸口があります。つまり、実践は、「分かる」を揺さぶる体験、新たな方法を探るための研究/行動、お互いの差異を発見できるとき/場であるということです。
実践で大切に考えるもの/こととは?
朴先生は、私たち受講生に対して、「実践で大切だと思うもの/ことは何ですか?」と問いを投げかけました。slidoというプラットフォームを使い、実践を行う上で各々が大切だと思う言葉をそれぞれが入力していきます。結果、受講生の中から、楽しさがもっとも多く、次いで、メッセージ、主体性、協働、先入観をもたないなどが挙げられました。このワークを通して、自分にとって大事にしているもの、他者が大事にしているものがあるということがわかりました。
実践を行う上で、中身、伝え方、対象といったバランスも大切ですが、やりたいこと、できること、やらなくてはいけないことのバランスだと朴先生は言います。そして、実践をする前後、つまり企画の立案や、終了後の振り返りを意識することがもっと大切です。なぜなら、企画する前と終了後の振り返りを意識することで、次の実践の企画に反映させることができるようになるからです。
実践は表現の道具に
最近の現代アートは、絵を描いたりといった何かの形をつくるというよりも、街とコミットして、イベントをしたり、一緒に畑仕事をしたりといった作品が多くなっているといいます。
ここでは、2022から2023年の間に開催された芸術祭documenta15、あいち2022、光州ビエンナーレ2023、ヴェネチア・ビエンナーレ 2024のテーマで取り上げられている現代アートについて、幾つもの実践の形の例が紹介されました。
documenta 15
documenta(以下:ドクメンタ)は、ドイツ中部の街カッセルで5年に一度開催される、世界3大芸術祭です。2022年は、第15回目となるドクメンタ 15が6月18日に開幕しました。この芸術祭は、Taring Padiの作品《People‘s Justice》が反ユダヤのシンボルを連想するという理由で撤去されたことでも有名になりました。
今回は、インドネシアのアート・コレクティブ、Ruangrupaがディレクターでした。今回のドクメンタ15では、初めて一人のディレクターではない複数のメンバーで構成されるコレクティブがディレクションを担当しています。最近の現代アートは、ひとりで何かを作るのではなく、集団―コレクティブという多様な視点で一つの作品を作り上げる傾向にあります。
朴先生は、その中で、アフリカのコレクティブである、Nest Collectiveの作品《Return to Sender》、インドネシアのコレクティブであるBritto Art Trustの《PAKGHOR》などを紹介されました。
《Return to Sender》は広い公園のど真ん中に設置されたゴミとアフリカの環境破壊の深刻さを伝える映像、それと周りの昔の宮殿のような西洋風の建物が見れる周辺の雰囲気、アフリカの環境破壊の深刻さを伝える映像と広い広場の真ん中に設置されたゴミで作られている作品です。世界的芸術祭は、自分が知らない出来事が具体的にわかるという面白さと衝撃がはしると朴先生はいいます。
《PAKGHOR》は、アジアの田園風景が広がり、その一角である《The Social Kitchen》では
アーティストや観客が一緒に料理をしたり、食事をするというものでした。つまり、最近のアートは芸術作品を鑑賞するというよりは、その中でアクションを起こして体験をするという作品が多くなっています。
ドクメンタ15では、アーティストと観客が、広場であるいは作品の上で、オンラインあるいはオフラインを通じて対話をするというイベントも多くありました。今回のドクメンタ15では、観客と一緒になって、参加をしたり、体験をしたりして作品を作り上げていくのが特徴的でした。これが、現代アートにおける実践の一つの形です。
あいち2022
国際芸術祭「あいち」は2010年から3年ごとに開催される、日本国内最大規模の国際芸術祭の一つです。「あいち2022」は2022年7月30日から10月10日まで、愛知芸術文化センター、一宮市、常滑市などで開催されました。開催地である愛知の良さを再認識し、私たちはどのような時代をいきているのかということが焦点となっていました。テーマは「STILL ALIVE 今、を生き抜くアートのちから」です。朴先生は、その中で、AKI INOMATAの《彼女に布をわたしてみる》、カデール・アティアの《記憶を映して》、アピチャッポン・ウィーラセクンの《太陽との対話》などの作品を紹介しました。AKI INOMATAは、研究者と組んで、実際にミノムシの顕微鏡写真を染めで再現したうちわを作りました。朴先生は、実践の例を挙げるとすると、この作品が思い浮かんだそうです。
光州ビエンナーレ 2023
光州ビエンナーレは2023年4月7日から7月9日まで開催された現代美術の国際展です。光州は韓国の民主化プロセスに大きな影響を与えた場所としても有名です。「soft and weak like water(天下に水より柔弱なるは莫し)」をテーマに開催されました。朴先生は、イ・イランの《プディの歌》、キム・グリムの《body painting》、ジャン・ジアの《美しい道具たち》、オム・ジョンソンの《鼻のないゾウの行進》などを紹介しました。
オム・ジョンソンの作品は、見るとは何か、ものを把握するとは何か、問いかけるような作品でした。
ヴェネチア・ビエンナーレ
次回のヴェネチア・ビエンナーレのテーマは「FOREIGNERS EVERYWHERE」です。
国際芸術祭「あいち2022」では有名なアーティストを紹介しましたが、ドクメンタ15と光州ビエンナーレ2023では地域で長い年月をかけて作品を作り上げるアーティストの実践を紹介しました。朴先生は、万人のためのサイエンスコミュニケーションも大事だけれど、参加者に寄り添えるような実践をしてほしいと語っていました。
誰のための実践か
朴先生は、作り手(参加者)と受け手(主催者)がお互いの関係を行き来できるような実践が大切だと言います。その例として、2019年に行われたテオ・ヤンセンのイベントの一連を紹介しました。ストランドビーストは風の力で砂浜を歩く巨大な作品で、ヤンセンは生命体として捉えています。
2019年7月13日(土)~9月1日(日)に、札幌芸術の森美術館でのストランドビーストの展示がありました。それに伴い、学生がストランドビーストを再解釈して、生命とは何か、何を生命ととらえるのか、自分たちなりの生命を可視化する「Strand of lives」というワークショップを開催しました。このワークショップでは、ストランドビーストの観客である学生が主催者となり、テオ・ヤンセンにプレゼンテーションを行ったのです。
また、ストランドビーストが生命体と視える理由は何か、北大の研究者が研究発表を行ったり、サイエンス・カフェ札幌を行いました。石狩浜でストランドビーストに動いてもらうというイベントもありました。実際には風がなくほとんど動くことはなかったのですが、オランダで生まれたストランドビーストが石狩浜にあるということにとても大きな意味がありました。
役割が変化することは多くの学びがあります。まず、やってみる、それが大事です。そして、自分たちの反省点を確認すること、それが次の成長に繋がります。
自分に(だけ)できること
アノオンシツの活動
自分だからこそできる手法、役割を見つけることがとても大事です。朴先生が最近行っているプロジェクトは、1972年に建てられた温室での活動《アノオンシツ》です。2020年には、老朽化のため石山通にかかる跨道橋の撤去工事が行われ、工事のために伐採された樹木250本を活用するプロジェクトが始まりました。伐採する木を特定するために打たれたピンクの点と新しい道路を示す黄色い線を使ったインスタレーション《きいろい線とピンクの点》。
伐採された木々で燻された珈琲や、地元の作家と組んで制作したオリジナルの椅子。
これらは、北大にあったという木が持つ物語性の強さを感じ取ることができます。朴先生は、自分だからできる手法・文脈で発信している《アノオンシツ》が、自分の実践だと言います。
実践にむけて
実践とはなにか、私たちは実践をどう考えているかを認識することは、これから実践の手法を学ぶ上でとても大切なことです。イベントを行うだけではなく、そのあとの広がりを考えることも重要な要素になります。
CoSTEPの具体的な実践として、サイエンスアゴラ2017で参加した「Science QAmmunication」(2017)、「PICBOOK」(2017)、「カガクテル」2017」、「韓日中共同公演「流留」 レクチャーパフォーマンス」(2017)、研究者とクリエーター2018-2021、「ごはんはカラダを通ってどこへ行く?―アニメで体験しよう!」(2015)など様々な紹介がありました。
実践をするうえで、1.具体的にシュミレーションすること、2.きちんと調べること、3.発信には責任を持つこと、4.オリジナリティーを工夫すること、5.記録/振り返りから学ぶことで次の実践につなげること、それがとても大事だと朴先生は言います。そして、自分の中で大事な軸を考えつつ、他の人が大事にしているものを大切にしてチームとして活動すること、それを私たちに望むと言われました。
講義を受けて
実践とは何か。当たり前のように使っているその言葉も、実はその概念は人それぞれであるということを再認識しました。朴先生の講義ではたくさんのアーティストの作品の紹介がありました。日ごろ、アートに馴染みのない私には、どれもこれも初めて目にするものばかりで、とても勉強になりました。中でも、AKI INOMATAの《彼女に布をわたしてみる》はとても興味深かったです。