実践+発信

霊と スピリチュアルビジネス構造

2010.6.29

著者:櫻井義秀 著

出版社:20090500

刊行年月:2009年5月

定価:740円


 正月には神社で一年の健康を祈願し、盆には寺に墓参りに行き、クリスマスには恋人と愛を語らう。日本人にとっては、宗教に関わるイベントがその垣根を越え年中行事と化しているのが一般的であろう。多数の日本人が無宗教を自認しているにも関わらず、最近テレビ、新聞、雑誌で「スピリチュアルな」情報を目にする機会が多いのはなぜだろうか。本書を読むと、昨今の日本で起こっている「スピリチュアリティ・ブーム」とその背後にある現代社会の抱える課題に気づかされる。

 

 

 著者は、スピリチュアリティ・ブームを生む社会的背景として、宗教的サービスの供給者と需要者の双方から考察を試みている。

 

 

 宗教的サービスの供給者側が抱える課題について、宗教組織の経営を切り口に分析している。神社、寺院、教会のリアルな経営実態を紹介し、現代社会では「教団組織を成長させることで宗教的救済の証しとするような戦略は手詰まりになってきている」と述べる。ここに、己の才覚を信じ宗教活動に乗り出すベンチャー型宗教が流行する素地があるのだろう。

 

 

 一方、宗教的サービスの需要者側が抱える課題は、「癒し」というキーワードを軸に分析されている。現代人は、家庭からも、学校からも、メディアからも「自分らしく生きる」ことを求められているが、この欲求を満せない人も多い。安直な「癒し」ブームの背景には、自己実現への過剰な欲求が存在すると著者は指摘する。

 

 

 経営の安定化を望む宗教的サービスの供給者と、癒しを求めるサービスの需要者。双方のニーズを満たすサービスとして近年になって登場したのが「すぴこん」だ。これは「癒しとスピリチュアルの大見本市」という新しい形態のスピリチュアル・ビジネスである。「すぴこんはスピリチュアリティのシェアを宗教団体から奪い取る大胆な試みだ。また、同時にスピリチュアリティの需要を創出することもやってのけた」というフレーズは示唆に富む。

 

 

 一見すると、「すぴこん」は供給側ニーズと需要側ニーズが満たされる優れたビジネスモデルのように思える。しかし、そこには重大な罠が潜んでいる。実は彼らの商品は、顧客である私たちの「不安」そのものなのだ。スピリチュアリティ・ブームに便乗した商法は、相談者を必要以上に危機的状態にあると決めつけ、不安を解消するためには法外な対価を支払うことも厭わない心境にさせる。私たちがリスクを認知し正常に判断する力を、特異な手法によって操作し歪めてしまうのだ。「この種の商法は消費者被害の観点から金銭被害や人権侵害をもたらす悪徳商法として認識されてきたが、巻き込まれた人々のリスク認知を操作していることの方がより深刻」だと著者は警鐘を鳴らす。

 

 

 こうした「認知操作」を利用する商売は、宣伝・広告など通常のビジネスの世界にも紛れ込んでいる。かつて大手家電メーカーもこぞって宣伝文句としていた「マイナスイオン」のように、疑似科学がその片棒を担いでいる例もある。冷静に考えれば怪しいと気づくものだが、自分の知らないうちに認知操作の影響を受けている可能性を考えると、空恐ろしい。

 

 

 本書には、実際に寄せられた被害相談など数多くの実例が取り上げられており、珍妙な宗教的サービスの実体を知る助けになるだろう。なかでも「すぴこん」体験レポートは必読だ。霊と金、宗教と経営を結びつけることに、罰当たりだと感じる人もいるかもしれない。しかし、宗教社会学者として活躍している著者が、様々な実例と現代宗教に関する知見を結びつけ縦横に論じる手法は鮮やかでさえある。悪意のある認知操作もその裏にある仕組みを知ってしまえば恐るるに足らずだ。本書をその導入書としてぜひ役立ててほしい。

 

 

新道真代(2009年度CoSTEP選科生,東京都)