実践+発信

2020年度ライティング編集実習の成果紹介

2021.3.29

2020年度のライティング・編集実習は北学生6名でした。この6名がスタッフと共に、「書評」「突撃取材」「研究者インタビュー」という三つのプロジェクトに取り組みました。これらの成果について紹介します。

書評プロジェクト

最初のプロジェクトは書評の執筆です。本の内容は適切に紹介されているか、単なる要約ではなく自分の視点が過不足なく含まれているか、内容を盛り込み過ぎていないか等の観点から、何度もピアレビューを繰り返しました。今年度は新型コロナウイルス感染症対策も兼ねて、屋外で執筆・ピアレビューを行ったりもしました。

執筆した書評は、CoSTEPウェブサイトの書評コーナーに掲載しました。

失って初めて見える科学技術の一面(2020年07月27日)山内光貴
紹介書籍:ルイス・ダートネル 著/東郷えりか 訳『この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた』

一つに縛られない自由な思考への誘い(2020年07月28日)細谷享平
紹介書籍:西郷甲矢人・田口茂 著『〈現実〉とは何か 数学・哲学から始まる世界像の転換』

小さな存在が繰り広げる壮大な物語(2020年07月29日)五藤花
紹介書籍:上橋菜穂子 著『鹿の王』

脳科学を踏まえたアプローチ(2020年07月30日)石塚智美
紹介書籍:伊藤浩志 著『復興ストレス 失われゆく被災の言葉』

未知の世界への挑戦(2020年07月31日)杉浦みのり
紹介書籍:レスリー・デンディ,メル・ボーリング 著/梶山あゆみ 訳『自分の体で実験したい 命がけの科学者列伝』

貧困の生存者が語る、白人労働者階級の世界(2020年08月01日)寺本えりか
紹介書籍:J.D. ヴァンス 著/関根光宏・山田文 訳『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』

突撃取材プロジェクト

ライティング・編集実習のメンバーが次に取り組んだのは突撃取材プロジェクトです。札幌キャンパス内でアポなしのインタビューして、迅速に記事執筆をしました。取材・執筆・推敲作業はチームビルディングの機会にもなりました。

突撃取材を基に書いた記事は、CoSTEPが運営するウェブメディア「いいね!Hokudai」に掲載しました。

【歳時記】おやすみなさい、北大
(2020年09月13日)五藤花

【チェックイン】北大の新しいカフェでごはんにしませんか?
(2020年09月28日)杉浦みのり

【チェックイン】キャンパスの移ろい~クラーク会館・中央ホールの今は~
(2020年09月29日)山内光貴

【チェックイン】キャンパスの移ろい~中央ローンの今は~
(2020年09月29日)細谷享平

【チェックイン】北大の「美味しい」が、正門のそばに~「カフェdeごはん」第二弾~
(2020年09月30日)石塚智美

【チェックイン】キャンパスの移ろい~北食での出会い ある2年生たちの思い~
(2020年10月16日)杉浦みのり・寺本えりか

研究者インタビュープロジェクト

実習の総まとめとして最後に取り組んだのは研究者インタビュープロジェクトです。一人ひとりが、話を聞きたい北大関係者を選定し、取材のアポイントを取り、取材を行い、インタビュー記事を書きました。

事前調査を入念に行い、如何にインタビュイーの生の言葉を引き出すかを検討した上で取材に臨みました。取材後は、取材内容をどのように記事にまとめるか、何度も推敲やピアレビューを行いながら記事執筆を進めていきました。

書き上げたインタビュー記事は、CoSTEPが運営するウェブメディア「いいね!Hokudai」に掲載しました。

【匠のわざ】#8 大学の安全衛生管理の充実を目指して~安全衛生本部 化学物質等安全管理担当~
(2021年01月20日)杉浦みのり

【匠のわざ】#9 研究の頼れる味方~硝子工室~
(2021年01月22日)山内光貴

【クローズアップ】#137 河川事業を知る研究者からみた防災と災害対応
(2021年01月25日)石塚智美

【クローズアップ】#138 人がダメなら動物に聞く!~人類学者が語るコロナ禍のフィールドワーク~
(2021年01月27日)寺本えりか

【クローズアップ】#139 ゲノム編集が拓く品種改良の道(1)~ほんとに簡単? 実験室でその実際を聞く~
(2021年02月17日)細谷享平

【クローズアップ】#140 ゲノム編集が拓く品種改良の道(2)~どこからきて、どこへいくのか~
(2021年02月18日)細谷享平

受講生一人ひとりの振り返り

1年を通して、上記のようなライティング・編集実習に取り組んだ受講生は、どのようなことを学んだのでしょうか。以下では、2020年度のライティング・編集実習受講生の言葉を紹介いたします。

なお以下の内容は2020年度のライティング・編集実習受講生が成果発表として書いてくれた「あなたにとってのライティングとは?あなたにとっての科学技術コミュニケーションとは?」からの転載です。

「書く」を書いてみる
書くことに大きく2つの意義があると考えています。
まずは、頭の中でのぼんやりとしたイメージを言語化してみて自分の理解を確認し、それをまとめていく、という意義です。「まずは言語化する」なんて書いていますが、すぐにできないです。この段階で理解不足を痛感し、往々にしていたたまれなくなります。いまもそうです。しかし、少しでも書いてみると、視覚化された文字をもとに物事について考え、整理していくことができます。
もう一つは、他の人に伝えたいことを伝える、という意義です。情報を誤解なく伝えるために、どの言葉をどう繋いで文章にし、そして全体をいかに構成するのかということは、大変に難しいです。この一年痛感しました。その難しさがありますが、口にすると恥ずかしくて言えないことでも、文章だと伝えられることがあります。それは何ものにも代えがたい文章の魅力です。
「科学技術コミュニケーション(SC)とは何か?」には、「思いやりの科学技術コミュニケーション活動」とこたえました。いや、ほとんどそのままやないかいという感じですが。SCは、「市民と専門家の間での科学技術にかかわるコミュニケーション活動」と言われることがあります。しかし、市民―専門家に限定されるわけではないように思います。
CoSTEPの活動に関わってみて、情報を発信する側が情報の受け手のことをいかに考えるかがポイントなのだと思いました。だから、SCには相手への「思いやり」が根底にあるのではないかと考えています。
【山内光貴・CoSTEP本科生/農学部4年】

 

奥底をすくい上げる上澄み
文章は、書き手の思考の上澄みを掬い上げて保存する。それは読み手にとって、書き手の思考世界への入口になる。読み手がその入口から、書き手の思考世界の奥底まで迷わずに(またはあえて迷いながら)進めるよう、書き手はその上澄みに全てを込める。
読み手は、文章を入口に書き手の思考を辿る。どう辿るかは読み手の自由。読み手は読み手なりに、書き手の思考世界を潜っていく。それは同時に、読み手自身の思考世界を潜っていくことでもある。潜った先で読み手は、時に書き手の思考世界に揺さぶられ、時に書き手の思考世界と重なり共鳴する。
科学技術、もっと広く言えば学術について、多様な文章がたくさんあることは、それだけ幅広く多くの入口があることを意味する。学術に直接携わらない人でも科学的なものの見方・考え方が必要な現代社会において、その入口が多種多様でたくさんあれば、より多くの人がどれかしらの入口から潜って、役立つ知見を手に入れられるはずだ。
しかし、文章の力は知見の提供に留まらない、と私は考える。学術、または学術に携わる研究者の思考世界には、時に社会とは異なる価値観からなる世界が広がる。その世界を描いた文章は、読み手の思考世界の奥底の、社会ではなかなか表出しえないところを、掬い上げてくれるものになりえるのではないか。そしてそれは時に、読み手を救い上げてくれるものになりえるのではないか。もしそうであるなら私は、自分の書いた文章がそうなるようにと上澄みに願いを込めながら、書いていきたい。
【細谷享平・CoSTEP本科生/理学院修士1年】

 

もふもふといっしょ。
私にとってのライティング、自己表現とコミュニケーションの手段。
私にとっての科学技術コミュニケーション、科学技術に関することについて、相互に理解を深める過程。
私にとっての人生、もふもふと運命共同体。
もふもふした生き物が、私は好きだ。もふもふの彼らに対して自分が感じている魅力を、描いて、撮って、そして、書いて、伝えるべく生きていると思っている。
私は書いた方が思考の整理ができる。書くことによってその時点での自分の存在を未来に残すことができる。しかし書くことの役割はそれだけではない。コミュニケーションができる。このコミュニケーションにおいて最も大事だと思うのは、記事を書く過程で他の人に読んでもらい、多くの意見をもらうことである。相手のことを尊重しながら、理解しようとしながら、一つのものを完成させるために意見のすり合わせを行う。まるで丸裸の骨格に肉付けをしていくようである。毛をはやして、整えて、やっともふもふの完成。できたもふもふの生き物は世に飛び出し、たくさんの人に可愛がられ、ほかのもふもふと出会い、新たなもふもふを生み出していく。
例えば、生き物を“もふる”ことは、その生き物とのコミュニケーションに違いないだろう。どこを触られたら心地よいのか、どんな撫で方が嬉しいのか。相手のことを考えながら探っていく。私の科学技術コミュニケーションも、まだ手探りの状態だ。これからもっと多くのもふもふ(それは記事であったり、人であったり、ほかの生き物であったりする)と出会って、“もふりあう”ことで生まれるコミュニケーションを、大事にしていきたい。
【五藤花・CoSTEP本科生/理学部4年】

 

繰り返し、繰り返し、ブラッシュアップ
私にとって「書く」は、触れやすく、携わりやすいものです。「話す」は、言いたいことが言えなくなってしまうときがありますが、「書く」は頭の中のことが詰められるのでありがたいものです。もちろん、字数とか立場とかで詰められないこともあります。科学技術コミュニケーションにおける「書く」のデメリットをいえば、読み手の顔が見えないため、どんな風に思っているか反応を見て改善したりできないところ。しかしそれも、書き手が伝えたいことを好き勝手に表せることができるというメリットとも捉えています。
ライティング実習を経て感じることは、ほとんどの人が初めから完璧な文章は書けないということ。実習では記事執筆にあたり、繰り返し繰り返し修正し、文章を完成させていきました。今まですぐに「自分が文章を書くなんて」と諦めたり、中途半端にしたりしていたので、すぐに頭の中のことを文字で詰められなくても、繰り返し繰り返し書き続けたら詰めることができるということを学んだ気がします。
私にとって科学技術コミュニケーションとは、「熱意」かなと。そもそもCoSTEPを受講しようと思ったのは、伝えたいことを相手に伝える技法を身に付けたいと思ったからでした。CoSTEPでの活動を通し、講義等で人の思いに熱意を感じるとき、そのことを知りたくなることが多かった気がします。すぐに理解できないとしても、自分の中に入り込んでいる。それができるってすごいなと思います。自分にも伝えたいという思いが湧き上がるとき、科学技術コミュニケーションの一歩が踏み出せるのかと思ったりしています。
【石塚智美・CoSTEP本科生/公共政策大学院2年】

 

知ってきたことを伝えていくために書いてもいい
科学的な事実を時間をかけて推敲し、文言で残すことだったかなと思います。
もともと、情報の質って大事じゃないかなと考えていまして、私にとって書いたものを公開するということは結構な大事件でした。どんなに苦労して書いたものもこれは稚拙じゃないかという思いは拭えないので…正しく伝わるのか、もし伝わらないならしなくてもいいかという考えに囚われてコミュニケーションから距離を置くことも多くて。
でも、「書くことは考えること、考えることは書くこと」だと教わり、考えるために書いていい、「自分のために」書き残してもいいのかと、言うならば当たり前のことに気が付きました。書くという作業は読み手だけでなく、自分とも向き合わざるを得ないことも多く、私の中で形にしていない言葉は出てこない、と。なので、なぜ私は言語化に時間が掛かり文章を書くのは遅いタチだったのか分かった上で、「時間をかけて文章を書く」という根拠のある悩み方が少しずつできるようになったかなと思います。書くスピードは早くなりませんでしたが…(笑)蔑ろにしていた分、これからも訓練しなきゃいけない部分だと思います。
加えて、他のメンバーの作成途中の文章を読む機会に多く恵まれたことも勉強になりました。思考している過程と、順に組み立てていく様子を見ているとやっぱり苦労することだよねって。だから信頼できる仲間とコメントしあえたことは良い経験でした。特に「自分では書く方ができないなぁ」ということはいつも強く思いました。そこから逆に、私ならではの切り口で書いたものが誰かにとって新鮮で、新しい知見であれば僥倖だと思っても良いかなと妙な自信は付きましたね。私の書いたもの一つだけで考えないで、次への繋ぎ程度として他の人の書いた今までの積み重ね達と合わせて、何かになっていけるのであれば、書き残しておく意味はあるのだと思えました。
【杉浦みのり・CoSTEP本科生/環境科学院修士2年】

 

自分を知るために、自分を規定しているものを知る
「書く」という行為自体は、私の人生の中では決して遠いものではなかった。レポートをいくつも書いてきたし、ストレスが溜まった時にはそれを言葉にして書き留めることもある。だが、前提知識を共有していない他者に向けて何かを書くというのは今までとは全く異なる経験であった。特に他者の存在を意識したときに、「自分らしさ」をどのように保つかという葛藤が生まれた。
「自分らしさ」とは何か。それは、「書く」という行為自体が想像以上に「社会的」な作業であるということを認識することで、何となく見えてきた。「社会的」な作業とは、つまり、書くことは、私という個人の中で生まれ完結しないということである。記事の社会的な意義、書き手としての責任、他のライティングメンバーや先生からのコメント、取材中の雰囲気や写真、自分が書いた文章など、様々なものに影響されながら「書かされている」のである。このような「制約」があることを踏まえたうえでどうしても譲れないもの。それが「自分らしさ」である。
私にとって「科学技術コミュニケーション」とは、「科学的」でないことに耳を傾けることである。なぜなら「科学的」なことだけで「科学的」なことは存在しないからだ。「科学的」でない存在があるからこそ、はじめて「科学的」なことは存在できるのだ。(逆もまたしかり)だからこそ、他者を知る努力をしなければならない。共感しなくていいから。そうしているうちに、周り廻って自分の存在、引いては役割がわかるようになっていく気がする。
【寺本えりか・CoSTEP本科生/文学部3年】

おわりに

修了式の成果発表で受講生たちは、ライティングが「社会的な作業」であり、「“書く”という行為が自分一人のものではなかった」と振り返ってくれました。また、ライティングが「時空を超えたコミュニケーション」だと言及もしてくれました。

彼らの言葉を聴きながら、サイエンスライティングは時空を超えた科学技術コミュニケーションなのだと思いました。